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ソニーの久夛良木から、全人類の久夛良木へ麻倉怜士のデジタル閻魔帳(2/4 ページ)

» 2007年05月07日 08時56分 公開
[渡邊宏,ITmedia]

未来が見える!?

――久夛良木氏と言えば、未来のビジョンを明確に打ち出してみせるビジョナリーとしても一流です。彼の未来予知ともいえる能力はどのようにしてはぐくまれたのでしょう

麻倉氏: それは、彼がどうやって未来のビジョンをつかむのかと同意義ですね。なぜビジョンを持てたかと言えば、それは彼自身がデジタルエンタテイメントの世界が大好きで、常にそれを考えていたからにほかなりません。どれくらい好きかと言えば、私とオーディオビジュアルの話ができるぐらいですよ(笑)

photophotophoto 2006年3月の「PlayStation Business Briefing 2006 March」にて、久夛良木氏はPS3で可能になる将来像、コンセプトを「Live!」と称した(関連記事)

 彼は仕事の延長ではなく、心からわき出す夢や欲求を信じ、その実現のために邁進できる人です。「コンピュータを使った楽しいことがしたい」というのが彼の大戦略で、それを実現するためにさまざまな戦略を組み上げられます。ただ、その戦略は事務的な、経営的な戦略ではなくて、いうなれば“生き様”のようなものだと言えます。

 夢――自分の欲求とイコールでもありますが、その実現のため、作戦は綿密に立てます。伊庭保氏(元ソニー副社長)も「彼ほど勉強する人はいない」と言っていました。世の中は不確実性に満ちていますが、彼は技術者として半導体技術に関して先見の明を持っていましたので、それに基づき、確実性を高めていくというアプローチを取ることができたのです。

 新たなプラットフォームを立ち上げる際にはコストがかかりますが、半導体を使うエレクトロニクス製品ならばあるタイミングでコストを下げたり、ムーアの法則などから集積度の向上で速度を上げることが可能になります。彼はそのタイミングを正確に予想することができたのです。

 私は「ソニーの革命児たち」を2003年に「久夛良木兼のプレステ革命」として文庫化する際に自書を再読し、改めて驚きを隠せませんでした。彼の1989年11月の業務日誌には、このような内容が記されていたのです。

 「プレイステーションの位置づけは、将来のデジタルドメインとして、家庭にコンピュータを導入する布石とする。任天堂と共同で、90年代前半に家庭用コンピュータのインフラを構築する。そこではソニーのAV技術を有効にリンクさせる。(中略)戦術として第1段階では任天堂のゲームを中心にコンピュータを普及させる。第2段階で現在、市場に大量に普及しているCDプレーヤー、LDプレーヤーとの融合をはかる。その上でサードパーティの展開を行い、(中略)メディア確立を目指す」(「久夛良木健のプレステ革命」 329ページ)

 ここの「任天堂」を外し、「CDプレーヤー、LDプレーヤー」をDVDにし、「サードパーティ」を「ネットワーク」「ホームサーバー」に換えれば、現在においても、その意図が正確に読めますね。

 プレイステーションの登場はこの日誌を記した5年後の1994年12月ですが、彼は当時からゲーム機という形をかりて家庭にコンピュータを普及させる案を持っていたことが分かります。これはプレイステーションが「PS3」に進化した今でも変わっていません。正確に未来を読む――そんなことができるのは彼だけでしょう。

久夛良木イヤーの到来、経営者としての功績と不運

麻倉氏: そうして彼は成功を収めます。プレイステーション2が発売された2000年から5年ほどはまさに「久夛良木イヤー」とも呼べる時期でしょう(注:久夛良木氏は1999年にSCEI代表取締役社長、2003年にはソニー副社長兼CEOに就任している)。

 ただ、ソニー本体に目をやれば「モノづくり神話」の崩壊がささやかれ、業績的にも苦しい時期でした。その時期に彼は副社長兼COOに就任していますが、最大の貢献は次世代薄型テレビの主軸に液晶を据え、Samsungとの提携を進めたことでしょう。経営者としての評価はまだ定まっていませんが、この選択は経営にプラスに働いたはずです。

 それまではパネルを外部から購入してくるしかなかったわけですし、安定した供給を得られ、なおかつこれまでのノウハウをつぎ込めるパートナーとして、Samsungはベストだと思います。ですが、自社でさまざまなデバイスの開発を模索していた経緯もあり、他人ではなかなか下せる判断ではなかったと推測します。

 ですが、それによって現在のBRAVIAブランドの確立につながったことは否定しようがありません。とある機会に「なぜ液晶を選んだのですか?」と尋ねたところ、「機能分化ができるから」という答えが返ってきました。液晶部分、バックライト、色フィルターで最適を追求できるということでした。それに、3年ほど前に「これからは色の表現がポイントになる」とも言っていました。フラットパネルの色彩表現は今まさに各社がテーマとするところであり、そこからも彼の先見性の確かさを見ることができますね。

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