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クリエイティブ・コモンズに賭けた「コンテンツの未来」小寺信良(3/3 ページ)

» 2007年09月18日 08時50分 公開
[小寺信良,ITmedia]
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 アナログの本からデジタルデータを起こすのは時間や手間がかかるため、そこまでやる人であれば、なんらかのポリシーを持って望んでくれると想定していたし、それがまたコンテンツ流通のあり方を変える新しい流れを作ってくれるかもしれないと思ったからである。

 実は現実に全文公開をするという人も現われたのだが、結果はあまり建設的なことにはならなかったようだ。なぜならば、公開することにクリエイティブな目的があるわけでも無く、単に権利が許諾されているからそれをやった、という程度のものでしかなかったからである(現在は公開を停止している)。

 著者・出版社サイドでは、書籍の内容に言及しているブログやブックマークのコメントはほぼ把握している。だがこの全文公開されたものからポジティブな影響を受けたものは、今のところ見つかっていない。またこの公開を境にして、目に見えて書籍の売り上げが下がるわけでも、ましてや上がるわけでもなかった。

 つまりコンテンツとは、いくら無料でもそこに存在する意義や意味がなければ、社会に影響を与えることができないということであろう。まあ幾人かの時間つぶしとして機能したかもしれないが、それをもとに考えを深めたり、二次著作物が発生したりといった、ポジティブなムーブメントの萌芽は見られなかった。さらに多くの非難によって、公開者の評判まで大暴落してしまったのは、気の毒な話であった。

 もうひとつ、ネットで公開されたテキストは、書籍のレイアウトに関して改変ではないかという議論がある。我々のCCライセンスは「改変禁止」であることから、ここに抵触するのではないかという意見だ。

 書籍の紙面をコピー機を使ったり、あるいはスキャナでデータ化すれば、完全にそれは一致する。だがOCRを使ってHTML化すれば、縦書きの本書は横書きになってしまうケースがほとんどだろう。

 我々が書籍のレイアウトとして縦書きを選択したのは、その方が長文が読みやすいだろうという配慮と、注釈のエリアが全ページで確保しやすいというところからである。まだ取材結果をテキストに起こす以前から、注釈が大量に必要になることはわかっていた。

 縦組みが横組みになってしまうことに関しては、筆者個人は仕方がないことだと思っており、そこまでの同一性を求めるつもりは、あまりない。つまり改変とは体裁の問題ではなく、内容の問題だからだ。だからせっかくHTMLになるのであれば、注釈をリンク化するなど、HTMLならではの特徴が当然発揮され、書籍とは別の利便性をもたらすものだと思っていた。それが我々が潜在的に狙っていた、理想的伝播のあり方だからである。

 それをやるにあたって、CCである書籍を使うのは自由だ。だが、テキストデータも著作者が提供すべきという理論はおかしい。我々が提供しているのは、完成品としての本である。だがそれらの元となったテキストデータは、あくまでも素材である。これに対しては、対談していただいた方からカットしてくれと依頼された部分もあるし、我々の修正や編集も入っており、これには守秘義務がある。

 完成した本のデジタルデータがあるだろう、という意見もあるが、それはDTPソフトの専用ファイルという形で存在するだけで、誰でも開けるテキストデータは存在しない。つまり我々側でテキストデータを出す場合には、それをわざわざ作るコストが発生するということである。

 それを償却する手段は、紙の本が売れることしかない。CCだから何もかも無料で提供されなければならないと考えるのは、商業コンテンツというものを作ったことがない人が陥りやすい間違いである。

 我々は、プロの商業クリエイターとして、CCという方法を試してみた。この流れが続いた先にどのような未来が待っているのか、それは我々自身もこれから体験することである。この本の存在意義は、単なる未来予測ではなく、その存在自身が実際に未来に向かって歩き出していくこと、なのである。

小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は小寺氏と津田大介氏がさまざまな識者と対談した内容を編集した対話集「CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ」(翔泳社) amazonで購入)。

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