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コラム
» 2008年12月15日 10時30分 公開

「ケータイ持たせない論」に見る大人教育の困難 小寺信良の現象試考(3/3 ページ)

[ITmedia]
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3. そもそもは、文科省が言い出したことである

 小中学校の携帯電話持ち込み禁止の方針は、今年7月に文部科学省から出された「児童生徒が利用する携帯電話等をめぐる問題への取組の徹底について」という通知で、「指針例」として明言されている。例として書いてはいるが、「以下の指針例を参考とし、〜児童生徒への指導を徹底すること。」という表現である。どう見ても、指針例に従えと読める。

 まあ、大阪府という大きな単位でそれを明言したのは珍しいと言えば珍しいが、そもそもは文部科学省の方針であるわけで、携帯の持ち込み禁止に対して大阪府や橋下知事を非難するのはおかしなことである。

 橋下案で、文部科学省や大阪府教委案が触れていなかった、「公立小中学校に対して」という制限を付けているのは、妥当な考え方だ。規制反対派の意見としては、登下校時に危険があるため、持たせたいというものが主流である。

 しかし公立校に限れば、その通学圏は原則的に学校近隣の「校区」で決められており、私立校のように電車を何本も乗り継いで通うというケースは、いかに大都市大阪であってもまれであろう。

 公立でも事情によっては持たせるというオプションも用意してあり、私立も公立も区別がなかった文科省・大阪府教委案に比べれば、むしろ規制緩和の方向であるとも言える。

 実は大阪府教委の提言も、「提言2」以降は大変良いことを言っている。この「提言1」だけが文部科学省を丸呑みしてしまったため、全体がダメダメな印象を持たれてしまったのはまことに気の毒なことである。橋下知事は文科省通知のダメダメなところを多少なりとも現実的なプランに修正したものだったが、「スポットライトを浴びた」というだけで叩かれてしまったは気の毒な話である。

 整理すると、総務省の「インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会」の方向性は、民間の自主的取り組みに主眼を置いており、携帯電話と青少年の向かうべき未来像という点で、妥当性が高い。一方で文部科学省が出す通知・通達は、教育委員会や自治体へのダイレクトな「命令」として伝送されるため、過剰かつ見当違いな規制を産みがちである。

 要するに今、マスコミも含めてなんかオオゴトになってきているのは、そもそも青少年ネットリテラシなんか全然興味のない人たちが大量に押し寄せて来て、本来切り分けなければならない問題をぜんぶ1つの鍋にぶちこんで闇鍋状態にしてしまい、それを食って「ケータイはマズい」と大騒ぎしているからである。

 それらの論でもっとも不毛なのは、「携帯を持たせるのは銃を持たせるのと一緒」とか、「携帯を持たせないのは服を着せずに外に出すのと一緒」といった、物理物のシチュエーションに置き換える論争だ。もともとは程度問題、つまりコントロールの問題なのに、モノに置き換えてしまうと、とたんにマルかバツかイデオロギーの問題にすり替わってしまう。こうなってくると、ヒステリックな活動を得意とする人がワラワラと集まってくることになる。

 本当に必要なことは何で、それを冷静に話して分かる大人がどれぐらいいるのか。結局のところ、そういう人捜しから始めなければならないから、親の教育は大変なのである。

小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は小寺氏と津田大介氏がさまざまな識者と対談した内容を編集した対話集「CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ」(翔泳社) amazonで購入)。

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