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ソニー「HMZ-T1」、“シアター画質”への道のり(1/3 ページ)

» 2012年02月06日 16時34分 公開
[芹澤隆徳,ITmedia]

 ソニーの「HMZ-T1」は、その登場から大きなインパクトを持っていた。人目をひく近未来的なデザイン、3Dテレビには付きもののクロストークを完全に排除したこと、そして久々のソニー製有機ELパネルを採用したディスプレイであり、しかも仮想画面とはいえ“20メートル先に750インチ”を実現した。それが6万円前後という“手の届く価格”で販売されたことも大きい。

ソニーのヘッドマウントディスプレイ「HMZ-T1」

 事実、発売前に銀座・ソニービルの「オーパス」で行われた試聴展示ではビルを囲むほどの行列ができ、昨年末は予約だけで品切れ状態が続くほどの人気ぶり。“ソニーの有機EL”を待ち望んでいたホームシアターファンはもとより、「プレイステーション3」と組み合わせて3Dゲームを楽しみたいゲームファンの心もつかむことに成功したようだ。

 もう1つ見逃せないのは、この製品が開発現場から提案され、商品化に至った“ボトムアップ”のプロジェクトであったこと。このためHMZ-T1について、ソニーの「もの作りの復活」という視点で語られることも多い。開発を担当したソニー、ホームエンタテインメント事業本部の楢原立也氏、およびプロダクトマネジャーの森英樹氏に話を聞いた。

ホームエンタテインメント事業本部第2事業部設計2部5課の楢原立也統括課長(右)と企画戦略部門商品企画HAV企画2課の森英樹プロダクトマネジャー(左)

 楢原氏によると、開発がスタートしたのは2009年の年末頃。映画館で3D映画がヒットし、家庭用の3Dテレビが登場するかどうかという時期だった。3D映像からクロストークを排除する方法を模索していた同氏は、「がんばってもクロストークは出る。なら、いっそ根本的に原因を取り除いてしまったらどうだろう?」と考える。

 フレームシーケンシャル方式の3Dテレビでは、左右の目に入る画像を1つの画面に交互に表示するため、パネルの描画性能によって左右の画が混ざり合う時間ができてしまい、二重像(クロストーク)が発生する。もともと2つの映像を1つの画面に出すという無理が根本的な原因なら、画面を2つ列べたらどうか。

 最初はビデオカメラのピューファインダーに使われる部材を2つ列べ、画角を調整できるものを作った。すると、「マネージャーから『すごい画ができたから見てよ』と言われてのぞき込んだところ、パネルの実力以上のものが見えたんです。ちょうど次の年の開発計画を考える時期だったのですが、これはいけると思いました」。翌年の開発計画には、映像視聴に特化したヘッドマウントディスプレイの企画が盛り込まれた。

自社の有機ELが前提ではなかった

 ヘッドマウントディスプレイといえば、ソニーが1990年代に販売していた「グラストロン」が有名だが、実際には工事現場などで使われる産業用や軍事用のディスプレイが主流で、AV用途はむしろ珍しい。それだけに部材の選択にも苦労が多かったようだ。

 まずは表示パネル。HMZ-T1には1円玉サイズの有機ELパネルが2つ使われており、スペック上の解像度は1280×768ピクセルとフルHDに及ばないが、実際の映像を見れば、数字を超えた精細感に驚くだろう。この感覚は、11V型の有機ELテレビ「XEL-1」や、放送業務用モニター「BVMシリーズ」を見たときに近い、まさにソニーの有機EL画質である。

HMZ-T1に採用されたソニー製有機ELパネル

 しかし意外なことに、HMZ-T1はソニー製有機ELパネルの採用を前提として企画されたものではなかった。「プロジェクトの立ち上げ時は、さまざまなパネルを集めて、ひたすら見続けました」と楢原氏。「集めたパネルの中ですごいと思ったのが、米イーマージンが軍事用HMDに使用している有機ELパネルでした。解像度はSVGAだったのですが、やはり有機ELを使いたいと思わせるものだったのです」。

 理由は、画面に出る黒帯だった。16:9の画面にシネスコサイズを映したとき、自発光の有機ELパネルは発光を完全にオフにできるため、黒帯が浮いて出てこない。対して液晶パネルは、バックライト光を完全には遮断できず、黒帯が見えてしまう。「当初はLCDベンダーとも話をしていたのですが、黒を消してくれといったら音沙汰なくなってしまいましたね」と楢原氏は笑う。

 ここに至って気づく。「よく考えると、ソニーはプロジェクターに使われるSXRDやポリシリコン液晶など小型パネルのトップベンダーです。あのグラストロンも自社製の高温ポリシリコン液晶を採用していました。冷静に見ると、ソニーが一番だったんです」(楢原氏)。

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