AKG「K812」は、本当に感心した製品です。
ご存じの通り、私はヘッドフォン自体はあまり好きではありません。頭上に定位してしまうし、耳との距離が近いのでレスポンスが良いのは分かりますが、最近の製品は情報量重視で情緒性に欠けているように感じていました。しかし、この「K812」は実に良いです。モニターヘッドフォンというとワイドレンジで細かい音まできっちり出し、楽曲の悪い部分も抽出してくれるもののはずのものですが、「K812」では同時に音楽の“おいしい部分”が抽出されるんです。アンビバレントを両立させていることには感動しました。
ワイドレンジで立ち上がりも早いのですが、それを表に出さず、音楽の持つエネルギーをリニアに伝えます。例えば指揮者が指揮棒を振り下ろしたとき、演奏全体と個々の楽器の音が同時に――それも質感まで出てくるんです。虫眼鏡で拡大するのではなく、俯瞰(ふかん)で見ているのにすべてのディテールが見えるというイメージです。トータルでその場の雰囲気を出してくれる、そんな味わいがあります。
AKGでは前作の「K712」も良かったと思いますが、レンジの広さ、音の立ち上がり/立ち下がりが良くなり、さらに+αといえる部分が厚く出ています。私もヘッドフォンのリファレンスとして使っていて、実際にK812をベンチマークにして開発された大手メーカーのヘッドフォンもあります。そのヘッドフォンは、最初は技術指向で“音は多いが冷たい印象”でした。それを指摘して作り直すことを3回ほど繰り返し、良い形になったのです。それはともかく、「K812」は、音楽を深く楽しく味わえるヘッドフォンのリファレンスとして注目されると思います。
当連載でも8月に詳しく紹介した「Dolby Atmos」(ドルビーアトモス)を9位に挙げたいと思います。ドルビーアトモスは、音をオブジェクト化する「オブジェクトオーディオ」の手法と天井スピーカーを組み合わせ、従来のサラウンドとはまったく違う三次元空間での正確な音像定位を実現しました。実際に体験してみると、これからあるべきサラウンドの姿を示したものだということが分かります。
サラウンドの歴史を振り返ってみると、最初は4chの「ドルビーサラウンド」で始まり、センタースピーカーが追加され、dtsが登場、7.1チャンネルになり、ドルビーTrueHDやDTS HD-マスターオーディオなどで高音質化してきましたが、基本的には水平方向の拡充だったということができます。しかし、現実にわれわれを取り巻く音は立体的音場であり、ドルビーアトモスを体験すると「これぞ真実のサラウンドだな」と思います。サラウンドは30年の時間をかけて、あるべき姿に進化したのです。
もっとも、ドルビーアトモスは最初の対応タイトルが「トランスフォーマー/ロストエイジ」(米国で9月末に発売)だったこともあり、高さ方向の音の動きが強調されました。でも、そんな派手なことではなくても映画制作者は演出として立体的な“D.M.S”(ダイアローグ、 ミュージック、サウンドエフェクト)を活用できるようになったのです。これまでダイアローグ(セリフ)はほとんどの場合、センターチャンネルでまかなってきましたが、ドルビーアトモスでその必要はありません。例えば上の方にいる人が話したことは天井から聞こえてもいいのです。音楽はメインとなる2〜3ch(フロント、センター)でまかなってきましたが、それも天井から降ってきたっていい。サウンドエフェクトの場所も移動も自由自在です。クリエイターにとって、音場作成の自由度は飛躍的に向上したのですから、今後は映画の世界でもそれにふさわしい音響が登場するのではないでしょうか。
音楽に活用しても面白いでしょう。今までは観客席で聴くのが当たり前でしたが、360度なら上や後ろから聞こえてくるサウンドもあり得ます。さまざまなコンテンツの分野で研究が進むのではないでしょうか。またポニーキャニオンが発売したBlu-ray Disc「トライセンデンス」のように、MGVCとドルビーアトモスを組み合わせたタイトルが発売されるなど、音声と映像で革新的なコンテンツを作るという流れができたこともポイントでしょう。
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