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8Kは立体テレビ!? 解像度と立体感の蜜月関係麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(2/3 ページ)

» 2015年12月02日 16時19分 公開
[天野透ITmedia]

麻倉氏:今まで機器の発達やコンテンツ制作での8Kという視点では、さまざまなアプローチがされてきました。しかし視聴者が8Kから何を感じているかという視点は、あまり光が当たっていなかったんです。ですが、実はここが一番重要なことではないかと私は考えています。

――最終的に視聴者が何を受け取るかということですね

麻倉氏:今まで「解像度は高い方が良いに決っている」「物量は正義」という単純な思い込みが土台となって技術が進化してきたのですが、映像にしろ音にしろ、現代技術は既に人間の認識限界まで手をかけています。このレベルまで来ると「それって本当に良いことなの?」「人間に何を与えているの?」という原点に立ち返った研究が必要となる訳です。

 今回発見した技研公開の発表は、大掛かりなシアターや試作機があったという訳ではなく、ゴチャゴチャ書かれた全紙大のパネルがポツンと置いてあるだけの地味なものですが、認識限界という問題に直面している我々にとって非常にタイムリーなものです。

NHK技研公開の地下ブースに「ポツンと置いてあった」という発表パネル。流し見をしていると通りすぎてしまいそうだが、解像度と立体感の因果関係に関する世界最先端の研究報告である

麻倉氏:実験は解像度の違いで立体感が出るかというテーマと、画面サイズの違いで立体感を感じるかというテーマの2段階で行われました。まず大中小の画面サイズに、それぞれフル解像度、2分の1の解像度という設定をして調べています。するとやはり高解像度で大画面であるほど、主観的に立体感を感じるという意見が多かったのです。

――解像度と画面サイズという、実験チームが立てた問題要素が、見事に結果に反映されていますね。実験成功と評価をして良さそうです。

麻倉氏:ですが問題は映像ソースです。運動視差がある映像を利用しており、立体感は運動視差のほうが主体的に感じさせるものになっています。例えばNHKのねぶた祭りの映像で、ねぶたがグルっと大きく回った時に立体感を強く感じるというものなのですが、これは解像度ではなく運動視差から感じる立体感です。先ほど例に出した砧川の桜も、横にパンした映像です。運動が与えられているので、解像度以外にも立体感を錯覚させる要素があるのです。

――実験要素だけではなく、運動からも立体感を感じ得る、と?

麻倉氏:これは単純な話で、例えば車の横側にカメラを向けて映像を撮ったとします。すると運動視差が働き、近景は早く、遠景はゆっくりと動き、これ自身が立体感を生むのです。

――このトリックは知っています! スーパーファミコンの「マリオワールド」で、ステージと遠景が連動して別の動きをするのと同じですね。前世代機のタイトルだった「マリオ3」までは、背景は動かなかったのですが、「マリオワールド」以降の2D横スクロールゲームは前景と背景が連動するようになり、ゲーム表現のスタンダートとなっています

麻倉氏:より深い調査が必要だということで、実験では複数要素が入り混じる自然画ではなく、大小、色、集中点、精細度、陰影などといった、1つの要素だけを抽出した映像を作っています。例えば手前は大きく奥は小さいとか、山でとった写真だと近景はピンが合っていて遠景はボケているとか、近景は赤っぽくて遠景が青っぽいという空気遠近法とか、線路を撮ると一点で消失するとか、キメの粗いところは近景で細かいところは遠景とか、陰影で明るいところは手前で暗いところは奥といった具合です。こういった複数要素の中で、1つの要素に絞らないと因果関係は考えられません。例えば陰影に絞った場合、コントラスト(陰影)差と解像度差の2つを重ねたもので調査をするといった要領での実験が必要なのです。

 具体的に説明しましょう。サイドライトを当てた円柱図を、コントラストと表示解像度の違いで複数作りました。左側の明部、右側の暗部の差のコントラストで、1)ロー、2)ミドル、3)ハイの3種類、それぞれで低解像度から高解像度まで5つのパターンを作るため、円柱図は計15種類になります。これをランダムに2組、10名のモニターに呈示して、どちらが「立体感がある」か、どちらが「解像感が高いか」を答えてもらいました。

――シンプルな平面のイラストにすることで、実験のパラメータを単純化した訳ですね。これならば確かに、解像度と立体感の関係がより浮かび上がってきそうです。

円柱図を使った実験は、被験者の「立体感」「解像感」という感覚をサンプリングするもの

麻倉氏:ここで「表示解像度」と「解像感」の定義を明確にしなければなりませんね。「表示解像度」とは信号としての解像度のことです。つまり画素の数であり、画素の大きさです。一方「解像感」は、見る人が細かい部分まで見えるか、見えないかの感覚です。一見大きな違いはないように思われますが、実際には表示解像度が高くても解像感が低いという場合があります。ディスプレイから離れて見る場合がそうですね。

――同じ40インチのフルHDテレビでも、近づいて見れば当然画素が見えますから、解像「感」は当然落ちますね

麻倉氏:今回の実験では遠くからディスプレイをモニターすることとしました。具体的にいうと、27インチのWQHDディスプレイ(2560×1440ピクセル)を5.6メートルと、結構離れた場所から見ています。これは立体感の手掛かりを陰影だけするための処置です。画素構造が目で見え、解像度の違いが容易に認識できるなら、立体感、奥行き感が陰影以外の要素で決まる可能性があります。そこで画素構造が見えない位置まで離れて、モニターしたのです。

 その結果、明確に表示解像度とコントラスト、立体感、解像感の4つの間の関係が、浮き彫りになりました。まず、1)表示解像度が高くなれば、奥行き感、立体感が増すという明確な結果が出たのです。ロー、ミドル、ハイの3種類のコントラストでは確かに、表示解像度が上がると奥行き感や立体感をより感じるという結果が出ました。また、ロー、ミドル、ハイでは、ハイコントラストの方が明らかに立体感を強く感じるのです。

 これは経験からも分かることで、コントラストの対比は低いより高い方が立体感につながるというのは、とても納得できますね。左半分がより明るく、右半分がより暗いなら、確かにその対比は鮮やかになり、立体感が増すのでしょう。

――写真でも細部までクッキリとしたものの方が当然リアリティを感じますし、ハイコントラストということは明暗差が際立つということですから、光と影がより鮮明になるわけですよね。確かに経験的、感覚的な理屈とも合致する結果です

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