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ハイパーソニックの伝道師が手がけた「AKIRA」の世界麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(1/3 ページ)

» 2016年11月24日 18時01分 公開
[天野透ITmedia]
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 1980年代のジャパニメーションを代表する傑作「AKIRA」のオリジナルサウンドトラック「Symphonic Suite AKIRA」が、DSD11.2MHzでお目見えした。芸能山城組を主催する山城祥二こと大橋力氏が手掛けた本作には、ただのハイレゾとは一味も二味も違う「ハイパーソニックの伝道師」ならではのチャレンジが随所に散りばめられていると、「オーディオ界の巨人」こと麻倉怜士氏は指摘する。30年の時を超えて現代の解釈が加えられたAKIRAの世界を、音という観点からひもとく。

麻倉氏:今回はDSD音源の中でも異彩を放つ「AKIRA」のお話をしましょう。芸能山城組を主催する大橋力先生の手による「Symphonic Suite AKIRA」(山城祥二作曲)の“ハイパーハイレゾエディション”が7月19日にリリースされました。

「Symphonic Suite AKIRA 2016ハイパーハイレゾエディション」。「ハイパーソニックの伝道師」こと大橋力氏率いる芸能山城組が手掛けた、DSD11.2MHz音源の異色作。e-onkyo musicなどで販売中(DIFF 11.2MHz版は税込5292円)

――大友克洋監督の傑作とハイパーソニックの伝道師という、なかなか面白い組み合わせですね。

麻倉氏:リリース日の7月19日は1988年にAKIRAが劇場公開された記念日です。実は私とAKIRAは縁深くて、というのも大橋先生と私をつないだのがこのAKIRAなんですよ。AKIRAのハイレゾ音源は、2009年2月に30周年記念としてBlu-ray Disc版が発売されており、この時は192kHz/24bitのマルチチャンネルでした。BDでは暴力的なエフェクトも入っていたのですが、東中野にある大橋先生のスタジオで聴かせていただいたところ、これが実に気持ち良かったのを覚えています。爆発系や衝撃系といったエフェクトは往々にして音が大きく刺々しいですが、これがなぜか包容力があり、決して丸くはないのにしなやかでしたね。

 これをお伝えしたところ、大橋先生「なるほど、確かにハイレゾは違う」と仰っていました。当時、経産省肝入のコンテンツ大会があったのですが、その会場で同じような意見を述べたところ、これが複数のメディアで結構取り上げられました。この時以来大橋先生と懇意になり、ハイパーソニックの取材やガムランの演奏会などでお世話になるようになったんです。そのきっかけがAKIRAなので、私としては印象深いですね。

 今回のものは長年ハイパーソニックを研究されてきた大橋先生が「是非DSD 11.2MHzで配信したい」とされたもので、いうなれば“DSD 11.2MHzの可能性”を追及する作品です。DSD 11.2MHzで聴かせるためにどのような努力を行ったか、というところが聴きどころですね。

山城祥二の名前で芸能山城組を主宰する大橋力氏

 これまで大橋先生のDSD 11.2MHz音源はガムランやオルゴールでしたが、今回のものは1988年に封切られた旧いアニメーション映画が音源です。そのためアナログ音源やCD音源など、さまざまなバージョンがありますが、今回のアプローチとしては2001年にリリースされたDVD Audioの96kHz/24bit音源をベースとして、ここからDSD11.2MHzに持ち上げる方法を採りました。その際に用いられた2点の画期的ポイントをご紹介しましょう。

 1つは大橋先生が「ウルトラディープエンリッジメント」と呼ぶ高音補完技術です。これは一般的に用いられる単純な倍数演算による補間処理のアップコンバートではなく、自然界に豊富に流れている200kHzに及ぶハイパーソニックを意図的に加えるというものです。熱帯雨林には虫の羽音に起因するハイパーソニックが多く、大橋先生はこれを多数録音しています。ハイパーソニックの特徴を生かし、入力音と相関させたハイパーソニックと合わせます。こうすることで熱帯雨林的な音にアップコンバートするのです。

――旧作のハイレゾ化というと、アナログマスターをそのままハイレゾデジタル化するか、あるいはデジタルマスターのアップコンバートが一般的ですが、一見無関係な熱帯雨林の可聴域外音を入れるというのはかなり斬新なアイデアです

麻倉氏:「ウルトラディープエンリッジメント」の技術思想は目的の音とキャラクターのコンセプトがまずあり、それにふさわしい相似形のハイパーソニックを生成するというものです。一般的にハイレゾ配信されている音源は実際のところハイパーソニックは意外と少ないんですが、大橋先生謹製のものは違います。ライナーノーツには全曲のスペクトラム情報が記載されていますが、それを見ると広域情報が極めて多いことが分かるでしょう。

 2つ目は高音域ハイパーソニックです。従来の理論では20kHz以上の音が良く、聴くことで脳深部を活性化するとされていたのですが、2012年頃から「逆ハイパーソニック」なるものが存在するという研究が出てきました。それによると16k〜32kHzの音域は脳深部の活動を阻害するため、生理学的にはどうも良くないそうです。脳に良いのは80k〜88kHzの高音域らしいですよ。

――これはまた物議をかもしそうな話が出てきた…… 

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