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審査委員長直伝! 第9回「ブルーレイ大賞」レビュー(前編)麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(2/4 ページ)

» 2017年03月04日 06時00分 公開
[天野透ITmedia]

ベストUltra HD Blu-ray賞「レヴェナント:蘇りし者」

麻倉氏:では今年の各賞について見ていきましょう。まずはUHD BDのみを評価対象とした「ベストUltra HD Blu-ray賞」です。新設の賞ということで大賞候補からは外されていますが、UHD BDはそもそも画質が良いので、あれやこれやに賞を出すと全部UHD BDになってしまいます。審査する身としてはその辺の扱いが難しいでしょう。次回以降は決まっていませんが、私としては高画質賞や高音質賞のように、状況に応じてベストUHD BD賞のサブ部門を設置するのが良いのではと考えています。

――UHD BD部門に分けないならば、すべての部門がUHD BDになってしまい、しばらくの間は“賞を取るにはUHD BDが必須”となってしまいそうです。それは確かに良い状況とはいえませんね

麻倉氏:UHD BDと一口にいっても、昨年大賞を取った「マッド・マックス」のUHD BD版など、まだ2Kからのアプコンが多いのが実情です。最近は4K撮影も増えていますが、これは時期的な問題もあるので致し方ありません。一方で昨年後半に出てきた「レヴェナント」や「LUCY」などは初めから4K撮影です。しかも映画撮影の場合、REDのシネカメラやARRIの「ALEXA」など、6Kや5Kで撮影し、それを4Kに変換するというハイクオリティぶりです。

――特にハリウッドでは4K制作がもはや常識です。映画館の投影もデジタルはDCI 4Kが基本ですし、新作はあまり心配する必要はなさそうです。旧作も4Kマスターがあるものは是非ネイティブ4Kで出してもらいたいですね

麻倉氏:今回受賞したレヴェナントは人工光を排して自然光だけで撮影に挑んでおり、自然の雄大な情報性を撮っています。雪山に漂う空気の温度や鮮度まで感じさせる程の圧倒的高画質で自然の脅威を映し出しており、「UHD BDはここまで描写できるか」ということをまざまざと感じさせる、すごい映像です。作品自体が雪山の話なので寒い訳ですが、単に雪がキレイというだけでなく、その時の温度感やシビアな雰囲気が画面から伝わる、それが4K HDRで観るすごさです。自然光による雪の明暗、刻々と変わる木漏れ日、たき火の炎の揺らぎ、朝日の時間とともに変わる時間の変化、そういったものが4KとHDRによって生々しく捉えられていて、フィルム調ともこれまでのビデオ調とも違う、ハイレゾの微粒子が成り立たせている新時代の映像というか画調というか、そういったものが今回大きく評価されました。

今回から新設されたUHD BD賞はこの面々が入選。いずれ劣らぬハイクオリティーぶりと麻倉氏も舌を巻いていた

ベストレストア/名作リバイバル賞「山猫 4K修復版」

「山猫 4K修復版」

麻倉氏:次は最新技術で現代に蘇った過去の名作を評価するベストレストア/名作リバイバル賞、受賞作は「山猫 4K修復版」です。

――ルキノ・ヴィスコンティ監督「山猫」というと、日本のブルーレイ界隈では2012年の第4回DEGアワードでグランプリを持っていったという衝撃が今でも語り草になっていますね

麻倉氏:実はこの当時、発売元のIMAGICA TVはDEG会員ではなく、審査員推薦枠でノミネートされたのですが、そのあまりに鮮烈な映像でトントン拍子にグランプリを“取ってしまった”という状態でした。この年の下馬評はというと、グランプリは「スター・ウォーズ ブルーレイBOX」、レストア賞は「ウエスト・サイド・ストーリー」がそれぞれ圧倒的で、ウエスト・サイド・ストーリー発売元のフォックスでは早々に神保町で祝賀試写会の会場を押さえていたのが、箱を開けてみるとなんとビックリ。ウルトラCで山猫が持っていった、というエピソードもあったりします。

 山猫は貴族文化を現代に伝える1963年のイタリア映画です。65ミリフィルムで撮られた大変素晴らしい映像で、質感と色のゴージャスさ・本物感がすごいのですが、マスターフィルムはかなり退色してノイズが増えてきたため、ミラノの世界的ブランドであるグッチが支援し、マーティン・スコセッシ財団が2009年に膨大な時間と大金をかけて8Kスキャン、4K編集の大修復を行いました。これをイマジカが購入し、BDとしてリリースされたのが、2011年に出てきた例のアレです。

 大変話題になった“事件”のため色々なエピソードがあるのですが、中でも面白いのが“山猫のお陰で会社が復活した”ことでしょう。

――会社が復活? どこかの株価がストップ高にでもなったのですか?

麻倉氏:実はこの時、イマジカのパッケージ会社は解散直前の状態で、時代の流れに従ってOTTなどの配信へ舵を切ることが内定していました。ですがブルーレイ大賞受賞のお陰で評価が急上昇し、会社そのものが復活したんです。担当の山下さんはこの時に転職活動まで行っていたのが、一躍業界内で“時の人”になりました。ちなみにこの山下さんはステレオサウンド社の専門誌『Hi-Vi』の筆者でもあり、元々はレーザーディスクの制作会社でソフト製作を行っていたコダワリ派です。「黒いチューリップ」など、埋もれた名作を掘り起こす目利き持ちで、パッケージ化に際して世界中のマスターの中から最高のテレシネを入手するために奔走するほどです。当然のごとく山猫も画質音質には徹底的にこだわり抜いており、音はDSDの第一人者であるオノ・セイゲン氏へDSDマスタリングを発注しています。

――2012年に映像を見た時には本当に驚きました。販売元の製品ホームページはたしか「まずはこの絵をご覧下さい」と、舞踏会シーンなどの流麗な画像が次々流れてくるものだったと記憶していますが、僕の周りの人間にその画像を見せて「1963年の映画だよ」と伝えたら、異口同音に「ウソだろう!?」という返答が返ってきたのは実に痛快でした

麻倉氏:そんなこんなで話題になった前回ですが、確かにすごいけれど若干強調感があり、ちょっとノイズも乗っていたりします。そこで出てくるのがパナソニックが開発したMGVCという、3Dの2ch映像を利用した2D映像技術です。これは左右へ振り分けられる3D信号を視差ゼロのように利用して情報量を稼ごうというもので、これにより色情報は8bitから12bitへ、信号量は4:2:0から4:4:4へ大幅に増えます。同じデータでこのMGVCを使用したところこれが大違いで、自然な奥行き感やディテール感が出てノイズが凄く少なく「質感はここまであったか!」と驚かされます。

 チャプター15の有名な舞踏会シーンでは、クリアにして分厚く、なおかつ高彩度。黒のウェッティさ、濡れる感じなど、色の凄まじさをまざまざと見せつけられました。ここをはじめとして、全編に渡って色が精細でノイズやボケまでもが極限まで排除されており、人物や衣装の質感も深みを増しています。山猫公ことドン・ファブリツィオを演じるバート・ランカスターは、男の色気が沸き立っている上に時代の疲れや人間関係の苦悩などを背負ってしまった独特の佇まいがよく出ています。高画質になればなるほど感情が出てくる、それを視聴者がダイレクトに感じるというのがすごくあるのです。

「山猫」高画質ブルーレイの仕掛け人、IMAGICA TVの山下泰司氏。2010年の大賞受賞が会社の危機を救った。ちなみに“4K修復盤”と銘打っているがUHD BDではないので注意
山猫と共に修復によって目が覚める高画質になった「ルードヴィヒ」で、昨年は各地で期間限定の劇場上映も行われた。写真は都内のCDショップで筆者が見つけた告知ポスター

 それにしても、人の表情が見せるメッセージ性は高画質になればなるほどストレートに伝わってきますね。今回の4K修復版ではパーソナリティが輝き出しており、高画質と物語の関係性について、眼力、肌力、階調力、そういったものがドラマツルギー(演出理論)を助長しています。

――画質表現で物語を語るというのが実にビジュアル趣味的で、技術による文化の深化はまだまだ、とどまるところを知らないと感じます

麻倉氏:技術と表現の関係性でいうと部門賞ではありませんが、小津安二郎監督作品「麦秋」も見逃せません。通称“紀子3部作”を4Kスキャン・4K修復した松竹映画で、今回は惜しくも入賞を逃してしまいましたが、非常にS/Nが高く、モノクロですが階調が実に豊かです。小津安二郎作品の特徴というと低い位置からのフレーミングに人物を配置するという作風で、安定したフレームワークが挙げられますが、今までの映像は画面揺れや傷などがフィルタになって膜を被せる感じがありました。最新技術による修復でそれがはがれてクリアになり、被写体の造形がハッキリしてきます。コントラストが出てノイズが少なくなると、造形とフレームの映像芸術がストレートに伝わるのです。このように日本のリマスターもいよいよ4K化してきています。日本も海外に劣らず豊かな映画文化を持っていますから、次世代につながる保存と伝承を期待したいです。

「山猫」の他のレストア賞入選作品は、1973年のイタリア映画「愛の嵐」と、1956年のミュージカル映画「王様と私」

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