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古くて新しい、現代映画のモノクロ化というムーブメント(1/3 ページ)

» 2017年09月16日 06時00分 公開
[天野透ITmedia]

 2017年になって“映画のモノクロ化”という動きがにわかに熱を帯び始めてきた。2015年に大流行した「マッドマックス」が、今年始めにモノクロ版として再発表され、大きな話題を呼んだ。さらに「X-MEN」シリーズ最終章の「ローガン」が続き、10月13日にモノクロ同梱(どうこん)版としてBlu-ray Discで発売される。映画大好き麻倉怜士氏がこの動きに注目、過去の傑作を振り返りながら、旧作にはなかった現代のモノクロ映画の特長と楽しみを指南する。モノクロには映画を新たな表現へと導くパワーが秘められている。

麻倉氏:最近、Blu-ray Discでリリースされる映画の新しい傾向として“カラー作品をあえてモノクロで出す”という動きが相次いで見られます。エジソンとリュミエール兄弟のモノクロ映像から始まった映画の歴史を考えると、今の動きは最古にして最新です。口火を切ったのは“あの”「マッドマックス 怒りのデスロード」で、オリジナルのフルカラー版がリリースされた1年以上あとの昨年暮れに「ブラック&クローム」と題したモノクロ同梱版が発売され、大変に話題を呼びました。

 また、つい最近機会があって20世紀FOXで「X-MEN」シリーズ最終章の「ローガン」をモノクロバーションで見る機会があったのですが、これがまた素晴らしかった。「ローガン・ノワール」と名付けられたこのパッケージは、モノクロ版とフルカラー版が一緒に入って9月末に発売されます。

強烈なインパクトで「マッドマックスやばい」という流行語も生まれた「マッドマックス 怒りのデスロード」が、なんとモノクロバージョンに。極彩色が特徴的だった作品からあえて色を取り去ることによって、映画という芸術表現に迫るものが浮き出てくる。「【初回限定生産】マッドマックス 怒りのデス・ロード <ブラック&クローム>エディション Blu-ray(2枚組)」は3990円(税別) ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント (C)2015 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED

――スチル(静止画)の世界では手焼きにこだわる写真家がモノクロ現像をする例がありますが、大手スタジオが手がける映画であえてモノクロを出すというのはあまり覚えがないです

麻倉氏:常識的に考えると、情報量という意味ではカラーのほうが遙かに多いことに疑いはありません。人類の映像史は情報量を多くする歴史で、映画もテレビもモノクロで始まり、カラー化で情報量が飛躍しました。白黒階調しかなかった世界に後から色という別次元の要素が加わったのです。現代に当てはめると、HDRで階調情報を拡張したり、BT.2020で色の許容量を大きくしたり。画も音もローレゾからハイレゾへと流れています。

 これは何かというと“よりリアリティーを出す”ことが目的で、映像という虚構の世界をより現実に近づけるための進化でした。物語という仮構世界がより現実的なものとして視聴者に届けられる「リアリティー主体主義」ともいうべき流れです。ところが昨今のモノクロという潮流は、こういった古典的な価値観からは全く外れています。

 例えばマッドマックスは色の情報が極めて多く、画面そのものが過激ともいうべき極彩色で彩られています。あるいはローガン・ノワールはそれほど色があふれているわけではないですが、それにしてもモノクロよりフルカラーは圧倒的に情報量が多いわけです。これらがなぜモノクロになるのでしょうか。

 まず、“ひと目で何が起きているか”を判別する直感性は、フルカラーが圧倒的です。マッドマックスならば“Rust Mod(ラスト・モッド あえて車体にサビを浮かせてクラシックな雰囲気を出す加工)”調のクルマ達のサビ感から環境の過酷さを読み取ったり、空の色から天気や時間を推定したりすることも容易です。一方のモノクロは色情報が欠落しているので、場面の判別さえ難しい場合も見られます。それでもこの2作品を見てみると、新鮮な感動を覚えるのです。

――それはつまり「カラー映像にはない、あるいはカラー化によって映画が失ってしまった“何か”が、モノクロにはある」ということですね

麻倉氏:まずもって現代に生きる我々は「モノクロを見る」という機会が圧倒的に少ないわけです。一般的に目を開ければフルカラー、これが極普通のリアル世界ですから。画面の中もガンマやトーンの広さといった問題はあれど、フルカラーは当たり前です。モノクロの映像はそもそも生身の世界では基本的にあり得ないのです。つまりモノクロは“フレームの中だけ”の世界で、画家の営為が加わることでリアリティーとは違う“作品性”という価値が出る、絵画の感覚に通じるものがあります。「あり得ないのに身近にある」という不思議なデジャヴの世界感、モノクロはそんな感覚で映画を見ることができるのではないでしょうか。

 古今東西モノクロの名作はとても多く、「君の瞳に乾杯」という台詞があまりにも有名な「カサブランカ」などは、アバックのシュートアウトイベントで今でも画質評価に使います。階調を判断するために観るのはこれのチャプター12、パリでは恋人同士だったイングリッド・バーグマンとハンフリー・ボガードが、カサブランカの酒場で再開するシーンです。コレの前に召使いのサムに「As Time Goes Byを弾いて」とせがんで、曲をバックに物思いにふける、その顔が実に美しいのです。何と神々しい、女神といって良いほどの美しさ、これがモノクロで表現されます。

 肌の色があって金髪の髪があってといった色の識別が少なく、視聴者はモノクロを見て「きっとこんな美しさだ」とカラーの世界を想像するのですね。良いプロジェクターで見るとここのグラデーションが絶品で、女性の肌の美しさはカラーの世界よりも、むしろモノクロでこそ本質的に出てきます。イングリッド・バーグマンの美しさはモノクロの世界であればこそと私は断言します。

――僕は邦画の諸作品で、モノクロが捉える女性の肌に対する美的表現を感じたことがあります。色がない分だけグラデーションへのコダワリが強いのでしょうか。映画における女性の肌の美は、カラーよりモノクロで映えるという点は深く同意します

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