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麻倉怜士がナビゲート 2017年、注目のオーディオはコレだ!(前編)(2/3 ページ)

» 2017年12月13日 17時53分 公開
[天野透ITmedia]

音楽ディスク再生“のみ”に全力投球!

麻倉氏:次は、より音楽再生にこだわる人のための高級SACDプレーヤー「PD-70AE」です。かつては「パイオニア=ディスクプレーヤー」が、日本のオーディオシーンの大常識でした。1980年代初期にはレーザーディスク(LD)、そのレーザー技術を活用して規格化されたCD、1990年代後期のDVD、2000年代のSACD/DVD-Audio、2006年のBD……パイオニアというブランドは必ずディスクの最前線に居ました。

CDが世に出て30年あまり経った現代、ピュアオーディオはハイレゾやネットワーク再生が主流になった。一部ではディスク不要論さえ叫ばれる時代において、パイオニアはあえてディスク再生のみを追求。PD-70AEはブランドの意地と技術者のこだわりが垣間見える逸品だ

――最近、映像系のディスクプレーヤーは、米国のOPPO Digital製品がリファレンスとなっていますが、以前の同ジャンルは他の追随を許さない、パイオニアの独壇場でしたね

麻倉氏:ところがオンキヨーと経営統合した後は、かつての勢いが感じられません。同ブランドのディスクプレーヤーは私も数多く使ってきたので、パイオニアのディスク文化で育った身としては、近年の様子に一抹の寂しさを感じていました。なので久しぶりの「パイオニアのディスクプレーヤー」というステイタスを背負って登場したPD-70には「ついにやってくれた!」という思いで、感慨を持たずにいられません。近年にもパイオニアは比較的多くのSACDプレーヤーを出していましたが、「この時代に、この価格のプレーヤーを出せた」ということ自体が重要なわけです。

 ポイントは3つ。1つが“ピュアなプレーヤー”であること。ここでいう「ピュア」という言葉には2つの意味があります。少し前までは「ピュアプレーヤー」といったら、BD/DVDなどの映像メディアとのハイブリッド、いわゆるユニバーサルプレーヤーではなく、CD、SACD、DSDといった純粋なオーディオ再生に特化したものでした。パイオニアはこの精神を受け継ぎ、PD-70AEをオーディオ専用のピュアプレーヤーとして仕立てたのです。

 もう1つの「ピュア」は多機能の否定で、これが2つ目のポイントです。近年のプレーヤーはUSB端子や同軸デジタル入力などを搭載し、DAC機能を持たせることが流行っています。さらにネットワークプレーヤー機能の搭載は、廉価製品でもない限りほとんど常識となりました。ですがPD-70AEはこれら流行の仕様をあえて拒否。あくまでもディスク再生だけにこだわるという、この時代としては稀なこだわりを見せています。実際のところ私の経験では、“ディスク再生”と“ハイレゾファイル再生”の両方がトップクラスというプレーヤーはに、残念ながら遭遇したことがありません。

――何でもできる利便性につい目が奪われがちですが、同じ価格帯の多機能機と単機能機では、やはり単機能機の方が良い音ですよね

麻倉氏:加えてこの“ディスク潔癖仕様”は、プレーヤーとDACという製品ライフの違いへの賢い対処になります。単体仕様のDACはどんなチップを、どう使うのかが興味の対象になります。しかし困ったことに半導体の世界は毎年のように進歩するので、モデルチェンジが非常に激しいのです。そんなものをコンポーネントに入れると、プレーヤーとDACのライフサイクルに矛盾が表れます。実際、旭化成エレクトロニクスのフラッグシップモデル「AKM 4497」が発表されてしばらくは、数多くのメーカーが競うように様々な製品をモデルチェンジしました。多くのユーザーはネットワークプレーヤーや単体コンポーネントですでに高性能なDACを使っており、わざわざ無理をしてディスクプレーヤーにDAC機能を内蔵させる必要はないわけです。

 DACに関する話は第3のポイントにも通じます。それがズバリ音質。PD-70AEも最近の流行で米ESS TechnologyのフラッグシップラインにあたるDACチップ「ES9026PRO」を搭載しています。ですがここで「だから高音質なはずだ」と決めつけるのは、適当とはいえません。デジタル時代のオーディオ設計は、優れたDACチップからどれほどの潜在能力を引き出すかで、メーカーの実力が分かります。特に「明朗で、高解像度、ハイスピード」を特徴とするESSの音は、チップベンダーのキャラクターが出やすい。なのでESSのDACを採用した製品は、多なれ少なれその強烈な個性からは逃れられず、もちろんPD-70AEも例外ではありません。

 本機で重要なのは「ESSの良い部分をそのままに、パイオニア的な音の個性をうまく融合させている」という点です。これを私は「精密な剛性感」と評しています。単に「細かな音が出る」という次元を遙かに超えた「パイオニアがこの音を提案する」というステージの音が聴けるというのが、オーディオラバーとしてとてもうれしいです。

――“良い素材”と“良い音”は必ずしもイコールではないわけですね。もしハイエンドチップを使えば必ず良い音になるというのであれば、世の中にオーディオメーカーはチップベンダーの数だけあれば良いわけですから。それ(DACチップ)だけで決まるならば、オーディオという趣味はあまりにも文化が貧しすぎます

麻倉氏:内田光子/クリーブランド管弦楽団の弾き振りによるCD音源「モーツァルト・ピアノ協奏曲第17番ト長調」では、ラブリーで繊細な冒頭の前奏に続き、転がるようなパッセージで始まります。この時のピアノのタッチは一粒一粒が明確で、しかも響きをたっぷり加えたレガートが何とフレッシュなことか。1音ごとの響きが、音場空間にさざ波のように広がり、きれいなグラデーションを伴って空間の彼方に消えていきます。16分音符が連続するパッセージもにじまず、明確に指の動きを再現しています。この解像感の高さは「さすがはESS!」と聞くところですが、そこに響きの剛性感の高さと音進行のしなやかさ、そして細部階調の明晰さを伴うという部分に、パイオニアが長年築いてきた音調の美徴を聞きました。

 エリアフ・インバル/ヘッセン放送交響楽団(現・フランクフルト放送交響楽団)のUHQCDはどうでしょうか。1980年代、日本コロムビアがワンポイントステレオマイク録音にて制作した名盤で、アルテ・オパーにトランペットが消え行く冒頭の様が実に美しいです。全合奏の爆発的な高揚でも解像感の高さはそのまま確保され、休止符の部分の静寂性にも音楽的な意味が感じられます。各プルト(譜面台。多くは弦セクションの2人1組の単位のこと)の位置関係、音色の違い重層感、階調感…… なとなど。濃密な音場内ではっきり聞きとれるの音楽的明瞭度の高さ。それも透明なグロッシーを聞かせながら妙なる音楽を奏でる。高解像感と濃密さが両立する美音の世界が、このプレーヤーの持ち味です。

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