M&Aにおけるフェアネスオピニオンの役割 保田隆明の時事日想

» 2007年04月26日 03時38分 公開
[保田隆明,Business Media 誠]

著者プロフィール:《保田隆明》

やわらか系エコノミスト。外資系投資銀行2社で企業のM&A、企業財務戦略アドバイザリーを経たのち、起業し日本で3番目のSNSサイト「トモモト」を運営(現在は閉鎖)。その後ベンチャーキャピタル業を経て、現在はワクワク経済研究所代表として、日本のビジネスパーソンのビジネスリテラシー向上を目指し、経済、金融について柔らかく解説している。主な著書は「M&A時代 企業価値のホントの考え方」「投資事業組合とは何か」「なぜ株式投資はもうからないのか」「株式市場とM&A」「投資銀行青春白書」など。日本テレビやラジオNikkeiではビジネストレンドの番組を担当。ITmedia Anchordeskでは、IT&ネット分野の金融・経済コラムを連載中。公式サイト:http://wkwk.tv/ブログ:http://wkwk.tv/chou


 以前本コラムで、HOYAとペンタックスや大阪製鐵と東京鋼鐵のM&A案件において、M&A価格(経営統合比率)に対して株主が物言いをつける機会が多くなってきたケースについて述べた(4月12日の記事参照)。両方とも実質的な売却側株主が「安すぎる」と主張したわけだが、企業が安い価格で自社を売却しようとするインセンティブとは何だろうか?

 まず理由として考えられるのは、経営統合後の企業でもいい役職を得られるよう、売却側の経営陣が買収側企業に擦り寄るというものだ。“自社を安く買わせてあげる”という土産を提供することで、早くから買収側企業に取り入ってその後の自分たちの人生を安泰にしようというケースだ。別に安く売却しようが、高く売却しようが自らの給料は変わらないのであれば、将来の上司や同僚となる相手企業との交渉はなるべく穏便に済ませ、その後の人生の安全性を確保したいと考えるのは、ごく自然なことであろう。寝返りは戦国時代にもよくあったことである。

フェアネスオピニオンとは?

 ただ、欲深い株主はそのような売却側企業経営陣の行動に対して「善管注意義務違反だ!」と物言いをつけることがある。最悪の場合、訴訟もありうる。

 そんなリスクを回避するために、売却側企業の取締役会は売却価格が妥当であるというお墨付きをM&Aアドバイザーにもらうことがある。その時に提供されるものはフェアネスオピニオンと呼ばれる。法務関連で弁護士のお墨付きをもらうときにリーガルオピニオンというものを入手したりするが、あれのM&A金額に関してのオピニオン版ととらえていただければイメージがわきやすいと思う。

 フェアネスオピニオンがあれば、企業の取締役が株主から「安すぎる!」と訴えられた場合も、「いえいえ、私たちはプロからお墨付きをもらっていますので」とオピニオンを盾にすることができるわけだ。訴訟時に持ち出されるぐらいのものなので、M&Aアドバイザーはこのフェアネスオピニオンをそう簡単に提供することはできない。できれば「妥当な売却価格はこのあたりではないですか」とアドバイスだけをして、あとの売却価格の決定や訴訟リスクに関しては100%企業に負ってもらいたいというのがホンネである。

しかし、株主が企業のM&A価格に対して物言いをつける流れになってきた今では、企業がこのオピニオンを頼りたいという思いは高まるばかりだと思われ、アドバイザーにフェアネスオピニオンの提供を求めるケースが増加すると思われる。

HOYAとペンタックスの場合は……?

 1つ興味深いのは、HOYAとペンタックスの件では、両社がこのフェアネスオピニオンを取得していたことだ。しかもわざわざプレスリリースでその旨を公表していた(参照リンク、HOYAペンタックス)。フェアネスオピニオンが存在したのであれば、たとえ株主から「統合比率が不利だ」と主張されたとしても、ペンタックス経営陣はオピニオンを盾にして責務を果たせた。しかしそうはならなかったところを見ると、ペンタックスが今回のM&A案件においてゴタゴタしているのは、やはり統合比率以外の理由が存在すると見るのが適切ということになろう。

 同時にもう1つ興味深いのは、今回いとも簡単にM&A金額(統合比率)の見直し論が出てきたことにより、フェアネスオピニオンの重みが全くなくなってしまったことである。株主の物言いに対しての盾として、フェアネスオピニオンに頼りたい企業は今後増えるだろうに、HOYA・ペンタックスがその重みを吹き飛ばしてしまったのだ。

 HOYA・ペンタックスの行動は、他の企業の取締役にとっての盾をも消滅させつつある。他人事と思っている企業取締役の方々は多いだろうが、決して対岸の火事ではない。

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