著者プロフィール:新崎幸夫
南カリフォルニア大学のMBA(ビジネススクール)在学中。映像関連の新興Webメディアに興味をもち、映画産業の本場・ロサンゼルスでメディアビジネスを学ぶ。専門分野はモバイル・ブロードバンドだが、著作権や通信行政など複数のテーマを幅広く取材する。
MBAで学ぶ内容の1つに、マーケティングがある。マーケティングといえば、やれ「3C」(Company、Customer、Competition)が大事だとか、「4P」(Product、Place、Price、Promotion)がどうだとか、Jargon(業界用語)が乱れ飛ぶことの多い世界といえる。
主に数字を扱う会計学やファイナンスとは異なり、どこか“口先で言いくるめられた”というか、分かったような分からないような気分になる学問であることは否めない。しかし企業としてトータルの戦略を考えたとき、非常に重要な分野であることは間違いないだろう。今回はドコモを例に取り上げ、そのマーケティング戦略がどんな狙いを秘めているか、どの点が面白いのかといった点について考えたい。
マーケティングとは、その名のとおりマーケット(市場)を考えた上でさまざまな施策を打つ行為を指す。マーケットに何らかの働きかけをしてもうけようと思うなら、大きく分けて2種類の方法が考えられるだろう。1つはプライマリデマンド狙いの作戦、もう1つはセカンダリデマンド狙いの作戦だ。
順に見ていこう。デマンドとは需要のこと。プライマリデマンドを狙うとは、すなわち市場全体の需要を拡大することである。とにかく市場のパイを大きくして、結果的に自分の取り分を増やそうという発想になる。新たに製品を使い始める新規ユーザーを増やそう、というアイデアに近いといえる。
もちろん新しいユーザーを増やすばかりではなく、既存ユーザーの製品利用頻度を上げることも市場拡大に役立つ。利用頻度を上げずとも、一回の利用量を上げる(増やす)というアプローチでもいい。要は、敵味方含めて市場に参加するプレイヤー全員が得をするようにもっていく施策ということになる。
セカンダリデマンドを狙うとは、既にある市場の中で競争して、自分のシェアを拡大するという意味となる。要は、市場は拡大しなくてもいいから競合他社から市場シェアを奪ってしまうわけだ。ほかのプレイヤーからシェアを盗む、と言い換えてもいい。
2つの戦略を理解するために、シャンプーを例にとってみよう。シャンプーをたくさん売るためには、どうしたらいいだろうか?
プライマリデマンドを狙うなら、まず考えられるのはシャンプーの利用ユーザーを増やすこと。例えば、若者はシャンプーを多く利用しているのに老人や子供はあまり利用していないとする。それなら老人、子供にもシャンプーを買ってもらえるよう努力する、というのがひとつ有力な作戦だ。子供の頭皮に優しいシャンプーであるとか、新しい製品を売り出すと売上が伸びるかもしれない。
この他、ヘビーユーザーである若者に「もっと頻繁に」シャンプーを使ってもらうのも1つの手だ。例えば高校生に朝イチでシャンプーをする習慣を定着させる。朝と晩の2回、シャンプーをしてもらえるなら、当然ながらシャンプーの消費量は2倍になる。これによって市場が拡大することは言うまでもない。これらが、プライマリデマンド狙いの作戦ということになる。
セカンダリデマンドを狙うにはどうしたらいいだろうか? 例えば、他社の「しっとりうるおいシャンプー」という製品が非常に流行っており、自社の「さっぱりさらさらシャンプー」のシェアが奪われているとする。
このとき、「髪に必要なのはうるおいではなくサラサラ感である」と強調したら、相手のシェアを奪えるかもしれない。このように、色々と狙いをもって戦略を立てることが大切だということだ。
ここで、携帯業界に目を転じてみよう。NTTドコモはMNP(番号ポータビリティ)の結果、加入者が流出している。相変わらず好調なauと、思わぬ善戦を見せたソフトバンクに挟まれて、トップシェア企業であるにも関わらず思わぬ苦戦を強いられているという状況のようだ(6月13日の記事参照)。ドコモとしても苦境は認識しているようで、「Docomo 2.0(ドコモ2.0)」という標語を掲げ、反撃に転じると鼻息が荒い。
ドコモが反撃の手段として採用したサービスが「2in1」だ。これは1台で2回線分の契約ができるプランで、電話番号、メールアドレスをそれぞれ2つ持つことができるというもの。こう聞くと、携帯1台で2回線を契約させる、つまり“既存ユーザーの利用量を増やす”ことを狙った、プライマリデマンド狙いの策かと考えたくもなる。
しかし、ドコモのマルチメディアサービス部長、夏野剛氏のセリフを聞いているとどうもそうではないような気がしてくる。同氏は2in1の価格設定について「他社の白いプランにぶつけてみた」と明言している(4月23日の記事参照)。“白いプラン”とは、ソフトバンクの「ホワイトプラン」を指すことは明白で、割安な料金で2台目端末を契約しようかと考えているユーザーを、ソフトバンクから奪うことを目的としていると考えられる。そうだとすると、他社からシェアを奪還するということになり、セカンダリデマンド狙いと解釈できる。
もう1つ面白いのは、ドコモがauのCMに登場していたタレントを自社CMに起用するという行動に出たことだ(5月7日の記事参照)。auはこれまで音楽やマルチメディアサービスを強化し、若年層にアピールするようなCMを作ってきた。そのCMキャラクターを「盗んだ」ことになる。
これはとりもなおさず、auがターゲットにしているユーザーをドコモの手へと奪い返す作戦なのではないかと推測できる。……やはり、セカンダリデマンド狙いということで解釈が一致する。「ドコモ2.0」のCMでキャラクターたちが合コンをしている様子を見ていると、あたかもauのCMを見ているような錯覚にとらわれるのは筆者だけだろうか。
auの既存ユーザー層、あるいはソフトバンクモバイルの特定サービスに照準を定め、それぞれに対抗策を打ち出すドコモの動きというのは、マーケティング戦略上興味深い。一連の行動に対して評価が下るのはもう少し先だろうが、どんなカテゴリのユーザーがどのキャリアに移動するのか、ドコモがどれだけのものを盗むことができるのか、注意して見守りたい。
外国で暮らしていると、国ごとの違いをネタにしたシニカルなジョークというものもいくつか耳にします。ややブラックなネタですが、面白いと思ったものを1つ紹介しましょう。アメリカ、ヨーロッパ、キューバ、それにアフリカの差異を取り上げたものです。英語そのままのほうが分かりやすい部分もあるので、単語に英訳も付けておきます。
あるとき、アメリカ人とキューバ人とアフリカ人とヨーロッパ人を集めた会議が行われました。司会者は、皆を前にしてこう切り出します。
「今日は、第三世界(The rest of the world)における食糧不足について、みんなの意見(opinion)を言ってもらいたい」
ここまで聞いて、キューバ人が手を挙げます。「Opinion? 何ですかそれは。そんな言葉は聞いたことがないのですが……」。キューバでは社会主義政権が敷かれており、意見をいう習慣がないというわけです(もちろんジョークです)。
次にアフリカ人が手を挙げます。「Food(食糧)? 何ですかそれは?」。ヨーロッパ人も手を挙げます。「Lack(不足)? そんな言葉聞いたことがないよ」。対照的な両者ということになります(しつこいようですがジョークです)。
みんなが戸惑いの表情を見せる中、最後にアメリカ人が手を挙げて、こう言いました。
「……The rest of the world ?(第三世界って何?)」
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