個人旅行の時代に携帯&FeliCaをどう活用するか――函館まちナビプロジェクト神尾寿の時事日想・特別編:

» 2007年11月29日 21時24分 公開
[神尾寿,Business Media 誠]

 10月27日から11月11日まで、北海道の函館市でFeliCaと携帯を組み合わせた観光振興サービスの実証実験が実施された。詳しいレポートは別記事に譲るが、これは「はこだて湯の川温泉泊覧会」(はこだて湯の川オンパク実行委員会主催)の開催期間に合わせて、「函館まちナビプロジェクト」が携帯電話を使った観光振興サービスの実証実験を行うというもの。おサイフケータイを使った観光振興プロジェクトとしては、宮崎県で行われた「CHORUCA」(別記事参照)に続くユニークなものといえるだろう。おサイフケータイの観光活用は、全国各地で注目されている分野でもある(別記事参照)

 →写真で見る「はこだてまちナビ」――ケータイ片手に“函館制覇”

 →おサイフケータイで観光地を活性化――NECが函館市で実証実験

 →おサイフケータイで観光振興――「まつやまインフォメーション」

 →宮崎県やプロバスケットリーグが導入――FeliCaポケット

 そこで今回は、「函館まちナビプロジェクト」の実現に携わった、公立はこだて未来大学システム情報科学部情報アーキテクチャ学科教授の鈴木恵二氏、函館まちナビ協議会の星野裕氏(ビットアンドインク代表取締役)、NEC函館支店長の遠藤達哉氏にインタビューを行い、地方観光都市におけるビジネスの現状と、おサイフケータイなど携帯電話サービス活用の可能性について話を聞いた。

はこだて湯の川オンパクの公式サイト(左)。函館まちナビで使用するFeliCaカード(右)。カードの他、おサイフケータイも使える

個人客時代の“サービス”としてケータイ活用に踏み切る

函館まちナビ協議会の星野裕氏(ビットアンドインク代表取締役)

 今回の函館まちナビプロジェクトは、函館市湯の川温泉のイベント「はこだて湯の川温泉泊覧会」(オンパク)と連動して実証実験が行われた。その背景には、函館の温泉街における観光需要の変化がある。

 「函館市の観光客は年間約500万人。湯の川温泉は、その函館観光の中で『温泉のある観光宿泊地』という位置づけなのですが、近年になって観光需要には厳しい変化が見られます。

 まず量的な面では、(湯の川温泉の)宿泊客は最盛期の年間180万人から140万人に減少しています。特に縮退が著しいのが団体観光客で、企業の社員旅行の需要は目に見えて減っています。団体観光客に代わって伸びているのが個人の観光客で、旅行需要は明らかに『団体観光から個人観光』に変化している。しかし、(観光客を受け入れる)湯の川温泉のビジネスモデルがこの変化に対応し切れているかというと、そうではないという実情があります」(星野氏)

 日本の観光地、特に温泉街は社員旅行を中心とする「団体客」にフォーカスした施設やサービス作りをしてきた。しかし、最近は若手や女性を中心に社員旅行を嫌がる社員が増えている上、社員旅行の目的が“個人の能力・経験の向上など実利のあるもの”に変化した結果、観光地における社員旅行需要は着実に減少している。社員旅行以外で見ても、消費者が団体旅行を嫌う傾向は強くなっており、「中高年層や女性層で3〜4人単位のグループ客は増えたが、国内の団体客が減る傾向は顕著。現在、団体客需要で堅調なのは外国人のツアー客が中心というのが実態」(星野氏)だという。

 「これは湯の川温泉だけでなく、函館の観光業界全体の課題でもあるのですが、『団体客から個人客』の時代に即した観光ビジネスを構築し、観光業を活性化しなければならない。個人に対する情報発信を積極的に行い、さらに(観光客の)顧客満足度をあげてリピート客の需要も拡大しなければなりません」(星野氏)

 この観光活性化イベントの1つがオンパクだが、現在そして将来に向かって「個人客」にフォーカスしていかなければならない中、観光客への情報提供手段にも新たなアイディアと工夫が必要になる。そこで携帯電話を活用した観光振興サービスを実証実験することになった。

 「これまでの観光情報の提供手段というと、圧倒的に紙媒体が中心で、一部でWebサイトの活用もされているという状況です。しかし、紙媒体ではきめ細かい情報をタイムリーに提供することができませんし、Webサイトは更新やインタラクティブ性は確かにありますが、観光中に歩きながら見ることはできない。(観光で)動き回っている個人客にどうやって観光情報を提供するか。これはケータイやiPod(などモバイル機器)を活用するしかない」(星野氏)

 将来も見据えて、個人客向けの観光情報サービスに取り組む。この動きに、はこだて未来大学やNECも協力し、オンパク開催期間に合わせて函館まちナビプロジェクトが実施されることになったのだ。

動態情報の把握が観光ビジネス活性化に不可欠

 先のレポートのとおり、函館まちナビプロジェクトの実証実験では、市内各所の「チェックポイント」でFeliCaカードもしくはおサイフケータイをかざし、観光コンテンツの提供やクイズの参加できるようになっている。一種のスタンプラリーであり、観光客側はこれに参加して楽しみながら観光ができるという仕組みだが、プロジェクトとしての大きな狙いは「観光における行動履歴を取り、個人客向けのきめ細かなマーケティングを可能にする」(星野氏)ところにある。

 「これまで観光業では、個人のお客様がホテルを出た後にどのようなルートで観光したのか、がまったく把握できませんでした。しかし、(観光地の)チェックポイントでFeliCaカードやおサイフケータイをかざしてもらうことで、センター側で個々のお客様がどのような順序で観光スポットを回ったのか、どの観光スポットにまだ行ってないのかが分かります。このデータをパターン化すれば、お客様ごとにまだ行っていない観光スポットをご紹介したり、類似傾向を持つ別の個人客の行動データから新たな観光スポットをお勧めする、といったことができる。Amazonの『おすすめの商品』のように、個々のお客様に合わせたリコメンドができるのです」(星野氏)

 また、この仕組みは「チェックポイント」に参加する観光施設側にもメリットがある。それぞれの観光施設ごとに個人客を待つのではなく、その施設に興味を持ちそうな人や、近くにある別の観光施設にいる人を、メールやクーポン配信などで呼び込むことができる。また逆に、近くの観光スポットに個人客がいながら訪れてもらえなかった施設では、“なぜ観光ルートから外されたのか”を分析することもできるだろう。

 「重要なのは、個人客の行動を把握し、その定量的なデータを集めることなんです。そうすることで、個人客に合わせたマーケティングや観光施設ごとのビジネスの改善、効果的なリコメンド情報構築のアルゴリズム化などが可能になります。

 むろん、こういった取り組みを行うには、今回の実証実験のチェックポイント数はまだ少ない。今回はあくまで“第一歩”という位置づけで、将来的には観光施設や交通機関の決済システムと連動し、観光時に(FeliCaカード/ケータイを)何気なくかざす場所を増やさなければなりません」(星野氏)

チェックポイントは、観光地やホテル、路面電車などさまざま(左)。チェックポイントにカードやおサイフケータイをかざすと、携帯に問題が送られてくる(右)

今の観光業に必要なのは“戦略”

公立はこだて未来大学システム情報科学部情報アーキテクチャ学科教授の鈴木恵二氏

 函館まちナビプロジェクトでは、観光客、特に個人客の情報把握と、その活用による観光活性化を重視している。これは今後の観光ビジネスにおいて非常に重要な点だと、はこだて未来大学の鈴木氏も強調する。

 「観光情報学という見方をしますと、観光業は『顧客情報管理』ができていない産業といえます。Amazonのようなネット企業はもとより、大手企業ならば当然のように『個々の顧客が何を求めているか』『どのような商品・サービスを買っているか』を把握している。顧客マネージメントをしっかりと行い、それを次の商品やサービス、経営的な戦略構築を活用しています。

 しかし、観光業の場合は、宿泊を担当するホテル・旅館、おみやげ物を売る小売店、観光客に飲食を提供するレストランなどがすべてバラバラで、観光客の『行動』を把握していない。観光行政は俯瞰的な立ち位置にいますけれど、こちらは(統計で)数を数えることしかしていないわけです。

 今の観光業に必要なのは『戦略』なのですが、情報が統合されず、ミクロもしくはマクロの数だけ知っていても戦略は立てられない。これからの観光ビジネスに必要なのは、ITサービスを使って観光客の動態情報を把握・管理し、その上で(観光を活性化する)戦略を立てることなのです」(鈴木氏)

 今の観光業の問題は、「(観光客の行動が)分からないから、何もできない・動けない」(鈴木氏)ところにある。これを見えるようにするには、FeliCaや携帯電話のようなITの活用が有効なのだという。

 「今回の実証実験では(チェックポイントラリーに)400人程度の参加者を見込んでいますが、これだけでも動態情報を把握し、活用する初めての取り組みとしては十分に効果検証ができます。その上で、今後さらに(FeliCaや携帯電話など)ITサービスの活用を考えていきたい」(鈴木氏)

全国のノウハウを地域密着で生かす――NECの貢献

 今回の実証実験にあたってはNECの函館支店および第一国内SI推進本部が、システム構築で支援をしている。NECが函館まちナビプロジェクトに協力した背景には、はこだて観光情報学研究会にNEC函館支店長の遠藤氏が参加していたこと、また他の地域でNECがFeliCaや携帯電話を活用した情報サービスの構築に実績があったことなどがある。

 「はこだて観光情報学研究会については、私の前任者から参加させていただいています。我々NECはコンピューターシステムの企業ですが、ビジネスのスタンスとしては、地域に密着した貢献を重視しています。今回のプロジェクトでは、我々の技術やノウハウが函館の観光ビジネス活性化への取り組みにうまく結びつけることができました」(遠藤氏)

 この「地域密着」の姿勢は、函館まちナビプロジェクトのシステム構築で、具体的なメリットにもつながった。今回の実証実験はオンパク開催期間に合わせるため、実質的なシステム構築・検証期間が半年足らずと短期間だったが、NECがはこだて観光情報学研究会への参加を通じて函館の観光ビジネスの状況に明るかったため、短いスケジュールの中でサービス実現が可能になったという。

NEC函館支店長の遠藤達哉氏(左)。チェックポイントによっては、インフォメーションコーナーにNECのパーソナルロボットPaPeRo(パペロ)が待っているところも(右)

 団体旅行の時代から個人旅行の時代へ。これは国内外を問わず、旅行業界全体のトレンドだ。しかし、函館の湯の川温泉がそうであったように、この「個人客の時代」に対応しきれず、ビジネス的な課題を抱えている観光地は少なくない。個人客の情報を把握し、戦略的にコンテンツやサービスを提供する仕組み作りは、函館だけでなく全国の観光地で重要になりそうだ。

 函館まちナビプロジェクトはFeliCaと携帯電話の“観光分野での活用”における貴重な先行事例であり、観光ビジネスでのITサービス活用の第一歩として重要な取り組みだ。函館、そしてその他の観光地で、FeliCaの活用がさらに広がることを、期待を持って見守りたい。

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