著者プロフィール:郷 好文
マーケティング・リサーチ、新規事業の企画・開発・運営、海外駐在を経て、1999年よりビジネスブレイン太田昭和のマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略、業務プロセス改革など多数のプロジェクトに参画。著書に「ナレッジ・ダイナミクス」(工業調査会)、「21世紀の医療経営」(薬事日報社)、「顧客視点の成長シナリオ」(ファーストプレス)など。現在、マーケティング・コンサルタントとしてコンサルティング本部に所属。中小企業診断士。ブログ→「マーケティング・ブレイン」
「このあいだ高島屋に行きました。そうしたら……いたんです!」と同僚のCherryさんが言った。
「いたって、誰が?」と私。
「ほぉ。男が1人でチョコを買いに来た?」
「そうなんです。どう見てもアレは“自分チョコ”でした」
このような目撃情報が続々と、私のもとに寄せられている。確かに最近はバレンタインシーズンにデパ地下をうろつく“自分チョコ買い”する男性をチラホラ見かけるようになった。日本チョコレート・ココア協会の調べによると、チョコレートの年間販売額のうち約12〜13%がこの季節に販売される(およそ500億円)。今回は2月14日だからこそ、書いておきたいテーマである。
男一匹、新宿伊勢丹本店へ潜入してこの目で確かめたのはチョコの祭典、“サロン・デュ・ショコラ”。女性客比率90%のこのイベント、チョコも溶けるような熱気に打たれて早々に退散したが、出張先の名鉄百貨店本店でも開かれていた(14日まで)。彼女たちの100%がカレシのために買っているとは到底思えない。なぜなら彼女たちの表情が楽しそうだから。バレンタインデーは女も男も“自分のために買うイベント”に変わってしまったのだろうか?
この美しいチョコはイラストレーター加藤彩さんがビジュアルを担当した「嵯峨乃彩」ショコラ。貝合わせ、手鞠、扇の組み合わせで、6種類を高島屋などで発売していた。
くしくもこのショコラのテーマは「私自身を美しく彩る」。加藤彩さんのWebサイトには「源氏物語」から「葵の上、花散里、明石の君の3人の姫君に、出会いの分だけ重ねられた彩りの十二単(じゅうにひとえ)を纏(まと)わせました」と記されている。
Bill Me LaterとIpsos Insightが2007年暮れに行った消費者調査によれば(参照リンク)、バレンタインデーに自分にご褒美する米国人は800万人にも及ぶ。バレンタイン適齢期人口を20歳〜44歳とすると約1億人。そのうちの1割弱が“自分へのご褒美”なのだ。
当日、デスクの上に花が届けられる。同僚は「誰からかしら?」と好奇心をそそられる。何のことはない、彼/彼女が自分で自分に花を贈っているのだ。米国にはホワイトデーなる“贈り物返し”の習慣はないから(日本だけ?)、その日に男女が愛する人にプレゼントし合う。それがバレンタインだったはずなのに、この世で自分ぐらいは自分を愛しているという“セルフ・バレンタイン”と化したのだろうか。
余談だがこの調査ではもう1つ結論を出しており、そちらも面白い。「私たちは贈りもののやりとり、止めましょうね」と恋人同士が口約束するが、それをまともに受けた男性が贈りものを贈らないと、女性は怒り出して別れにつながるという。5人に1人の男性がこの「ノー・ギフト・トラップ(罠)」の犠牲になる。
そもそも自分買い現象がブレイクしたのは、アトランタ五輪のあのセリフからだと言われる。
「自分で自分をほめてあげたい」
1996年の五輪で銅メダリストになった有森裕子さん、その年の流行語大賞にもなった言葉が“自分へのご褒美”をメジャーにした。買い物や旅行やエステや高級文具などで“がんばった自分”を癒す人が増えた。いくつかの消費者調査を見ても、自分をほめて買い物をする人は増えている。私も帰宅途中の夜道でつぶやくことがある。
「今日、がんばったなあ」「けっこうやるじゃん、オレ」――で、ちょっとした出費をしてしまう。
自分を励ますぐらいなら許せるが、あぜんとするのは“オレオレ”である。「オレってすごくない?」とのたまう男性や「アタシに似合うのは年収ン千万円オトコ」と平然と言いのける女性。そういう性格の人々が増えたような気がする。もちろん統計がないので数値では言えないが、自分へのご褒美が過ぎると“オレオレ”という自己愛心理に行き着くようだ。
あくまで仮説なのだが、アトランタ五輪が分岐点になって、自分へのご褒美が市民権を取得。そしてオレオレ心理を強め、セルフ・バレンタインへ――。
バレンタインデーイベントの“紅白歌合戦化”もまた、自分買いをあと押ししている。企画をやり尽くし、ワクワク感が消え、季節行事と化した。義務とおこぼれの象徴の義理チョコも溶け、“イベント疲労”は明らか。メーカーも売り手も困っている。高級輸入ショコラのブランド力と高単価が売り上げの頼り、限定品の自分チョコ向け企画でその場をしのぐ。
だからチョコ購買行動も錯そうする。自分チョコだけではなく友チョコ、親チョコ、我が子チョコ、ブログチョコ(ブログを書くために買う)、おさえチョコ(一応“おさえておこう”)、レズチョコにホモチョコ……だんだん怪しくなりそうだ(笑)。
“愛のライフサイクル”の視点からバレンタインイベントを図にした(図1)。プロダクト・ライフサイクルよろしく、タテに盛り上がり(愛の高まり)、ヨコに伸びる(愛の経過)。VPとは「バレンタイン・ポイント」であり、導入期の告白、成長期のひと押し、安定期の分岐点がある。チョコ購買機会はマルチだった。チョコに賞味期限があるように、愛にもそれがある。どちらも偽装はバレる。バレンタインは偽装確認という健全な役割も担ってきた。
それがアトランタ五輪を分岐にタテ軸が“自己愛”に変質し、自分を甘やかすようになった(図2)。これが業界にとって由々しき一大事なのはVPポイントの減少で明らか。自己愛のセルフバレンタインでは、市場はやがて尻すぼみだ。
バレンタインデーの原点は「私のバレンタイン(My Valentine)」。キリスト教司祭だった聖バレンティウスが、皇帝によって結婚が許されない兵士を哀れに思い、秘密で結婚させた。それを知った皇帝が司祭を捕らえて処刑した。このことにローマ兵士たちが反発、バレンタインデーに好きな娘にカードを渡し、聖バレンタインの名前を書いた。英語でValentineは“愛する人”という意味だ。
今日14日は、男性からも女性からも、愛する人に「Be My Valentine(私のバレンタインになって!)」と告白し合おう。男も女もまっすぐに愛を伝えあってほしい。今日、これからすぐに――。
そしてまっすぐな愛が増えれば、まっすぐな市場が増える。それは世の商品開発者やマーケッターへの愛でもある。
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