座って触って気持ちいい理由――「椅子塾展300Chairs」郷好文の“うふふ”マーケティング(2/2 ページ)

» 2008年09月04日 11時30分 公開
[郷好文,Business Media 誠]
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椅子への思い、図面を超えて

 宮崎さんと村澤さんの出会いは9年前。なぜか徳島でブラブラして、端材から木工小物を作っていた村澤さんと、海外の安い椅子に押されて行き詰まりを感じていた宮崎さんが“たまたま”出会った。

 村澤さんが椅子のスケッチと図面を提出すると、しばらくして宮崎さんから試作ができたとの知らせが届いた。しかし完成品を見ると、村澤さんの描いたデザインと違う。宮崎さんが勝手に図面を変えてしまったのだ。

 「どうして?」と村澤さんが突っ込むと、「サービス精神かな」と宮崎さん。「カタチができたから完成じゃない。“面を取る(※1)”“ペーパーをかける(※2)”、それじゃないと気持ちのこもった商品にならない」。宮崎さんの信条が、村澤さんにも響いた。

※1……作品の角を削って丸みをもたせたりすること
※2……サンドペーパーでこすることで、作品の表面を滑らかにすること
小泉誠氏作「sansa」スツール。角のRに注目

 村澤さんはICS(インテリアデザイン専門学校)を卒業後、最初の事務所で「正確な図面を引け」「部品にはJIS規格の品番を記せ」と、図面にストイックになれと指導された。工場から試作品が送られてくると、「図面と違うところを探せ」とも言われた。その姿勢に違和感を強く抱いた。

 その後ミラノの事務所で家具づくりを学ぶと、180度違った。「原寸大のスケッチを描け」「そこには木目を描きなさい」――つまり“出来上がったときの表情を作れ”と言われたのだ。こっちの方がしっくりきた。

 4年間過ごしたミラノから日本に戻り、独立。全国の家具工場を100カ所巡る記事を雑誌に連載した。取材先の工場では、判を押したように同じ愚痴を聞かされた。

「デザイナーと手を組んだのですが、うまくいかないんですよ」

 活路をデザインに求めてデザイナーと提携しても、良い商品ができない。共通した悩みには理由があった。

 家具工場側には「お金を払ったら良いモノをデザインしてくれるはずだ」という意識があり、デザイナー側には「スケッチと図面を渡したんだから俺の仕事は終わりだ」という意識があった。意識のズレを解決するためには、どうすればいいか。それはデザイナーも粉まみれになってワークショップ(工場)に立ち会うことであり、メーカーも生産面で妥協しない姿勢を貫くことだ。

 空調のきいた東京のオフィスでダメ出しをするのでは伝わらない。図面を超えた会話をしよう。この姿勢が二人の間で共鳴した。

宮崎椅子の細部に宿る心地良さ

 今ではオーダー後3カ月待ちと大人気の宮崎椅子だが、宮崎さんと村澤さんが共鳴し合ってから売れるようになるまでには4〜5年かかった。小泉誠さん(椅子デザイナー)と3人で“どうやったら売れるかな”と酒を飲んでは考えた。

 売れるようになったきっかけは「宮崎椅子の制作スタッフが気持ちよく作れるようになったから」と宮崎さんは語る。村澤デザイン+宮崎椅子制作で人気の「pepe」。四角と丸の微妙な融合の中に売れるワケがある。

 座面の座り心地もいいが、秘密はアームの握り心地だ。脚先は丸い断面なのに、ひじ掛け部に上がっていくにつれ、少しずつ“丸四角”になる。アームの握り手の部分をつかむと、丸でもなく四角でもない。何とも言えず気持ちいいカタチ。触感に技がある。フィンガージョイント(木材の端をギザギザに加工して、相互にはめ込み結合させたもの)も美しい。

「pepe」ダイニングチェア

 井上デザイン+宮崎椅子制作の「Awaza」もすごい。アームの握り手の独特の丸みをなでなでし続けた。背もたれの曲面と幅に絶妙な“包まれ感”があり、いつまでも座っていたくて。

「Awaza」ダイニングチェア

“人間の五体”を図面にするモノづくり

 椅子作りは、紙やパソコン上の図面だけでは人の心に迫れるものが作れない。“人間の五体”を図面にするからこそ、五感に訴える商品ができるのだ。

 デザイナーと職人が現場で話をする。椅子のそこかしこに面取りやペーパーがけをして、カタチにする。作り手の思いは、座れば手やお尻や背中で感じとれる。図面を超えた話し合いが、工場から買い手のダイニングまでつながっている。

 五体との会話。それは椅子だけでなく、机もベッドもドアノブも、バッグも手帳も、湯のみもマグカップのデザインでも必要なこと。大量生産、コスト優先追求のあまり失ってきたこと。資源のない日本でのモノづくり、五体の気持ちよさを極めたい。

井上さん、村澤さん、宮崎さん
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