日本を代表するバー、歴史と格式を持つバーが多数ある東京・銀座。この激戦区で、オープン後わずか半年で顧客からの支持を勝ち得た要因を探ってみよう。
1つには、すでに触れたように、そのユニークな経歴があるだろう。東京大学を出たバーテンダーという意外性。さらに、製薬メーカー出身者が開いた癒やしのバーとういうことで、百薬の長としてのお酒の効用へ期待感も高まる。こうした部分は、阿部さんならでは(=独自)の、他の誰とも異なる(=異質)、今までになかった(=新規)特性であり、それが「強み」になっていることは明らかだ。
しかしそれだけでは、一時的な話題にはなっても、継続的な支持に結びつきにくい。
筆者の見るところ、阿部さんの一番の強みは、「新市場開拓戦略」と「市場深耕戦略」の卓越性にある。
すなわち、これまで銀座のバーの顧客層として必ずしも重視されなかった層を取り込むとともに、彼らに対して、従来のバーにはなかったような価値を創出・提供することで、彼らを固定客化し、同時に、彼らが新しい顧客層を呼んできてくれるサイクルを構築することに成功しているのである。
第1に、銀座の正統派のバーとしては、画期的な価格設定になっている。通常であれば2000円程度は取られる席料が、カウンターで600円と安い(個室は1000円)。カクテル類も、銀座では1杯1000〜2000円程度かかるものが多いが、ここでは1000円以下で飲めるものが主力だ。
要は、ふつうなら1杯飲んだだけで4000〜5000円かかりかねないところを、ここでは2000円以下で済むということである。
この値段ならば、富裕層や社用族でなく、一般的なビジネスパーソンでも、比較的気楽に足が向くだろう。
第2に、こうした顧客層の来店を促すために阿部さんが実施したITの有効活用である。SNSを使って、実にこまめに顧客との関係を築き、維持しているのだ。銀座のバーにこれまで縁遠かった一般のビジネスパーソンたちと交流することで、積極的に顧客化を図っていった点は見逃せない。
第3に、来店客に対する、期待を超える顧客価値の提供が挙げられる。我々がバーに行くとき、それは親しい人と静かに語り合う場合もあろうし、1人で物思いにふけりたいときもあるだろう。そして何より、満たされない寂寥感や人恋しさが心のどこかに潜んでいるとき……そんな秘めた心にそっと手を差し伸べてくれるのが、阿部さんの流儀だ。
世の中には気取った感じというか、少々「上から目線」のバーテンダーも多いが、阿部さんは気さくそのものだ。来店客と阿部さんとの楽しい会話で、店内は、いつも笑い声に包まれている。その明るいオーラが地上にも伝わるのか、次々にお客さんが訪れる。
さらに特筆すべきは、来店客同士の交流だろう。長年、第一製薬で外回りの仕事をしてきた阿部さんならではの「人を見る目」で、来店客同士が自然に会話し、親しく出来るような環境を作っている。言うなればここは、ビジネスパーソンたちにとって、腕利きのコーディネーターがいる異業種交流会のような場所になり得るのである。
しかも、一般的な異業種交流会が、参加メリットばかりを追求する妙に現実的なものになりやすいのに対して、ここでは誰もが、気分をオフに切り替えているから、楽しい交流が生まれやすい。
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