舌と胃袋で感じられた……「長崎ちゃんぽん リンガーハット」の賭けそれゆけ! カナモリさん(2/2 ページ)

» 2009年10月13日 07時18分 公開
[金森努,GLOBIS.JP]
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迫力のたっぷり野菜ちゃんぽん

(出典:リンガーハット)

 メディアの伝えるところによると、「米浜和英社長は『値下げでの集客には限界がある。時代に逆行するかもしれないが、国産野菜本来のおいしさを届けたい』と説明」(毎日新聞 2009年10月1日 西部朝刊)とある。

 不景気で財布のひもが固くなった消費者に対して、外食産業は雪崩を打って値下げ戦略をとった。しかし、それは血みどろの消耗戦を意味する。リンガーハットはそれに対して「逆張り」の戦略を展開した。確かに、原材料価格を見ると、麺に使う小麦だけでなく、ちゃんぽんの重要な具材である野菜も、日照不足など各地で天候不順が続き高騰を続けている。原材料費全体が下がっているわけではない。しかし、それを単純に値上げするだけでないことが今回のキモなのだ。

 リンガーハットは、「ちゃんぽんと皿うどんの食材の野菜すべてを国産にする(中略)『国産野菜のおいしさと安全性』を訴える『付加価値戦略』への転換」(同紙)であるとの発表している。

 食の安全・安心に対する関心は相変わらず高い。

 それに応えて同社は、「キャベツやもやしなど年間1万2400トンの野菜を食材に使用し、タマネギやニンジンなど2400トンは輸入していたが、今後はすべて国産に切り替える。国産野菜を安定的に確保するため、国内15道県・約40産地の農家と契約した」(同紙)と、単純な値上げではなく、自社のバリューチェーンを大きく転換している。「食の安心・安全」という、ある意味、プライスレスな価値を訴求しているのだ。

 さらに細かく見てみると、なかなか芸の細かいプライシングであることが分かる。

 国産化だけでなく、野菜の量を1人前当たり25グラム増量するという。野菜高騰の折、消費者にとってはうれしい限り。それに対する値上げは、「長崎ちゃんぽんの値段は東日本が500円(従来450円)、西日本490円(同)、東京都内23区550円(同)」(同紙)であるという。

 これは日本マクドナルドが2007年6月から導入した「地域別価格設定」と同じだ。地域によって「いくらまで払っていいか」と感じる「需要志向」の感覚の差異を綿密に検討したものだと思われる。

 さらに、「野菜の量が2倍の『野菜たっぷりちゃんぽん』(全地区650円)も新たに発売する」(同紙)という。650円といえば、なかなかの高額メニュー。高価格のメニューで利幅を稼ぐ「マージンミックス」の手法である。また、全国的に見てもほぼ、ラーメン価格の上限におさえる、「競争志向」の価格設定も意識していると考えられる。

 では、値上げの反応はどうか、同社の「リンガーハット西新宿店」に値上げから2日目の10月2日に行ってみた。12時過ぎには比較的広い店内のカウンターは満席となった。値上げによる顧客離反は今のところ見受けられない。

 「皿うど〜ん」「ちゃんぽ〜ん」という、来店客の食券を読み上げて厨房に伝える店員の声が響く。その中に、かなりの割合で「野菜たっぷり〜」との声が混じる。およそ3〜4割はあるのではないだろうか。マージンミックスも成功しているようだ。

 筆者の目の前にも「野菜たっぷりちゃんぽん」が置かれた。麺とスープの上にうずたかく野菜が積み立てられていて大迫力である。「喰いきれるかな……」と思いつつトライすると、あら不思議。温野菜が優しい。しっかり胃袋に収まる。野菜をたっぷり食べた!という強烈な満足感。とっても健康にいい気分満点である。「また、時々食べに来よう」とリピート意欲もしっかり湧いた。

 前回の値上げによる失敗を教訓として、今回は顧客ニーズと、顧客への提供価値を考えぬいたのだと舌と胃袋で感じられた。どうか、今回の戦略がうまくいきますようにと心の中でエールを贈りつつ、店を出た筆者であった。(満腹になった腹を抱え、したたる汗をハンカチでぬぐいながら)。

金森努(かなもり・つとむ)

東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道 18年。コンサルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。

共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダ イヤモンド社)。

「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディアへの出演多数。一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。


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