「今スタートさせないと、10年後の成功はない」――日経が有料電子新聞に挑む理由ほぼ全文(1/3 ページ)

» 2010年02月24日 21時15分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

 日本経済新聞社は2月24日、インターネット上の新聞「日本経済新聞 電子版(Web刊)」を3月23日に創刊すると発表した。日本経済新聞朝夕刊の記事全文だけでなく、最新ニュースや日経グループ各社が提供するデータやコラム、提携する英Financial Timesなども読めるというもの。購読料を支払う「有料会員」と会員登録だけする「登録会員」、それ以外の「一般読者」で利用できる機能に差がある。購読料は月4000円(日経新聞の定期購読者はプラス月1000円)で、登録受付は3月1日から。

 メディアの雄、日本経済新聞社はWebの有料モデルにどのような思いで踏み出すのか。喜多恒雄社長の会見と質疑応答の模様を詳しくお伝えする。

 →日経を丸ごと読める「Web刊」、単体月額4000円で 「良質な情報はタダではない」

日本経済新聞 電子版。朝夕刊は紙面イメージをそのまま表示した画面と、PCで読みやすいようにレイアウトした画面の2種類で見ることができる

「今スタートさせないと、10年後の成功はない」

喜多 3月23日に創刊する日本経済新聞電子版は、誰でも読める無料部分と、購読料をいただく有料部分とを組み合わせた言わばハイブリッドなニュースサイトです。NIKKEI NETでこれまで積み上げてきた(経験を背景にした)、競争力のあるコンテンツと技術革新を生かしたさまざまな新しい機能を盛り込んだオンライン記事提供サービスと言えます。

 「なぜ今、私たちが電子版を出すか」ということについて少し説明させていただきます。みなさんご存じの通り、インターネットが普及して、PCや携帯電話に世界中から膨大な情報が集まってくる巨大なネット社会が今誕生しています。日々の暮らしは大変便利になりました。その中で特に若い世代を中心に、紙の新聞を読む代わりに、ネットで情報を手に入れる人が増えているという現実があります。

 ただ、ネットの恩恵はできる限り生かすべきですが、その情報が本当のものなのか、発信源はどこなのか、誰か事実を確認したのか……といったことが、情報の洪水の中で分かりにくくなっているという側面もあると思います。「そういった方々にも紙の新聞でつちかってきた正しい報道、価値のある言論を伝えていかなければならない。それが報道機関の使命である」と私たちは思っています。「紙の新聞を手にとって広げるより、PCや携帯電話などデジタル機器(で情報を得ること)に慣れ親しんだ方々にも良質のジャーナリズムを提供することが私たちに課せられた役割だ」と考えています。

 そして私たちの読者の間では、「自分の仕事に役立つ経済情報はできるだけ早く手に入れたい」「自分の好きなテーマの記事は必ず読みたい」といった、いわば自分に合わせた情報を求める方々がかつてなく増えています。電子版を創刊するに当たり、私たちはデジタル技術を生かして、読者の方々が情報をより見やすく、また使いやすく加工して利用できるよう工夫を凝らしました。「読者ニーズにできるだけ細かく応えていくのも報道機関の1つの役割ではないか」と考えています。

日本経済新聞の喜多恒雄社長

 この電子版を創刊するに当たってはもう1つ、経営上の判断もあります。紙の新聞は今後も続くと考えていますが、「将来、大きな成長を期待するのは難しい」というのは残念ながら現実ではないかと思っています。その中で良質な報道を確保するための経営基盤を強くしていくにはどうすればいいのか。そのためにはこれから成長していくデジタル分野を強化し、そこで収益をあげていくことが不可欠ではないか、と考えています。そのデジタル分野での成長の中核にしたいと思っているのが、今回創刊する電子版になります。

 電子版の価格は(紙の)日本経済新聞を購読をしている方々には新聞の購読料に月1000円を加えた額、電子版単独でお読みいただく方は月4000円としました。創刊は3月23日で、3月1日から会員登録の受付を始めたいと思います。新しい電子版でも現在のNIKKEI NETと同様に、無料で提供する情報があります。しかし、「本当に価値があると私たちが判断した情報や機能にはそれにふさわしい対価をいただきたい。良質なコンテンツはタダではない」というのが我々の感覚で、「ネット上の情報は無料である」というこれまでの観念と違う考え方で取り組んでいきたいと思っています。

 大切なのは、「我々にとって紙の新聞はこれまでも、そしてこれからも最も重要な柱である。そこは変わらない」ということです。過去、日経は印刷工場から鉛の活字をなくして、コンピュータで紙面レイアウトを組む、といった先進的な取り組みを常にやってきています。今回の電子版も先端技術を駆使して、より読みやすく使いやすく情報を提供するという点で、我々の伝統が生きていると考えています。

 家庭で新聞は、いつも手を伸ばせば届く身近な存在でした。時代が変わって、PCや携帯電話などのデジタル機器が同じように身近な存在になれば、「そうしたツールを使って確かな情報を届け続けたい」と思っています。例えば、朝は日経の朝刊を手にして、通勤の時は携帯電話で記事の続きを読む、会社ではPCで気になるニュースをチェックという形です。電子版は紙と合わせて購読していただくことで、良さが一段と分かっていただけると思っています。「紙と電子版は共存関係を作れる」と確信しています。世の中のニーズをくみ上げて、電子版のサービス機能に磨きをかけ、紙の新聞に続く事業の柱に育てていきたいと考えています。

 新聞界は今、大変厳しい経営環境のもとにありますが、本日の電子版の発表で「我々は新たなステージに入る」と認識しています。この電子版が簡単に成功するとは思っていません。成功するまで5年、10年かかるかもしれません。ただ、「今スタートさせないと、10年後の成功はない」ということは確かだと思っています。欧米のメディアはすでにさまざまな分野に挑戦しています。我々もこの電子版を機にさまざまな分野へ挑戦していきたいと思っています。

 最後に、この電子版事業に当たり、我々は基本的なものの考え方として“オープン”ということを考えました。オープンにはさまざまな意味があると思うのですが、まず、この電子版を見る媒体についてはPCや携帯電話だけではなく、さまざまなデバイスを取り入れていきたい。これからデジタル分野では、次から次へと新しいデバイスが開発されると思います。メーカーが開発するケースもあれば、それ以外のところが開発するというケースもあると思いますが、そういう方々から「一緒に電子版をやりませんか」というお声がかかれば、我々は「この電子版と親和性がある限り前向きに取り組んでいきたい」と基本的に考えています。

 日本の新聞界でこれだけ大掛かりに電子版に挑戦するというのは、多分私たちが最初だと思います。基本的には我々がこの電子版で成功すれば、同業他社の新聞社のみなさんが同じような事業に取り組みたいとおっしゃる時には、これまでつちかってきたノウハウやシステムについてオープンにして、一緒に相談しながらやっていくという考え方を持っています。

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