中国の富裕層は「資産価値が脅かされるのではないか」という不安に加えて、「カネがあるのは何か悪巧みをしたからに違いない」という世間の疑いの目にさらされているため、寄付に二の足を踏むのだという。彼らは世間の注目を集めたがらず、建物に自分の名前が冠されたり、目立つ慈善事業を興したりするのを嫌う。杨澜が中国で慈善事業の輪を広げようとして協力を求めた相手の3人に2人は同様の傾向があった。政府の厳しい詮索から逃れたいというのも、富裕層に共通の思いである。「通常、政府はささやかな寄付には目を留めません」と高は言う。「ですが、多額の寄付が行われると、それだけの資産をどうつくったのか、何のための寄付かを追及します」
これらの障壁があるにもかかわらず、中国の上流階級のあいだでは有意義な寄付をしたいという意識が広まっており、陽光文化基金は彼らの背中を押すためにとっておきの口説き文句をひねった。
「何がうまくいき、何がうまくいかないかを探り出さなくてはならない実験的な取り組みについては、民主的、独裁的、どちらの政府も支援体制を持たない」
「営利事業は、結果が出そうなことが前提であるため、試行的な取り組みには向かない」
といったフレーズである。興味深い慈善手法は、「現場でどう実践すればよいのだろう」という深い疑問から生まれる場合が多い。これはまさしく、基金を持つ非営利事業だからこそできることだろう。非営利であれば、官僚的体質に発する重圧とも利益追求の要請とも無縁でいられるため、都市部、地方を問わず、まず何はともあれプロジェクトを始めてみて、試行錯誤を通じて中国社会に特化した手法を編み出せばよい。
富裕層が気兼ねなく慈善事業に資金を投じる状況は、一朝一夕には生まれないだろう。高によれば、中産階級は従来、慈善による社会参加を重んじ、助け合いの精神を大切にしていたが、この意識は共産主義のもとで「すっかり廃れてしまった」という。
「王朝がいくら交代しても、中産階級のこうした意識は何千年ものあいだ連綿と脈打っていました。相手を信頼して誠実さを貫く方法、あるいは責任を果たす方法が、分かっていたのです。中国の文化的ルーツはこういうところにあるのです」
しかし、残念ながらこうした価値観は、土地改革と共産主義革命の影響で廃れ、以後の世代には受け継がれなくなったという。
「いまの中国人はいわば一匹狼ばかりです。大金を手にするのは努力で身を起こした人たちです。彼らは市場原理も法制度も信頼しません。信じられるのは自分だけなのです」
高は、ビル・ゲイツからギビング・プレッジ・プロジェクトの中国版を始めてはどうかと提案を受けたが、信頼が足りない現状では時期尚早だ、と語る。
「ゲイツ氏は期待していますが、わたしたちはあまり乗り気ではありません。海外から名士をお呼びして、意見交換をしたり教えを請うたりすることはできます。そういった緩やかな進展が望ましいと思うのです。学びと理解を促せば、無理強いしなくてもすむでしょう」
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