本連載は、竹鶴孝太郎・監修、書籍『父・マッサンの遺言』(KADOKAWA/角川マガジンズ)から10部抜粋、編集しています。
2014年10月期にスタートしたNHK連続ドラマ小説「マッサン」。
小説のモデルになったのは、日本の本格ウイスキーづくりに情熱を傾けたニッカウヰスキーの創業者竹鶴政孝氏。マッサンとリタの素顔をその息子が語る。
ニッカウヰスキー2代目マスターブレンダー、竹鶴威の回想録。
ひとりの人間が産声を上げてから人生がたっぷりと熟成するまでの間に波乱や物語があるように、ニッカウヰスキーにもさまざまな物語があった。この歩みを、ウイスキーそのものの歴史から多くの人たちに知っていただくことはできないものだろうか――そんな思いから誕生したのが、余市蒸溜所にあるウイスキー博物館である。
博物館はウイスキーの貯蔵庫を改装したもので、ウイスキー館とニッカ館の2棟からなり、ウイスキー館にはウイスキーの歴史が、ニッカ館にはニッカウヰスキーの生い立ちや政孝親父、リタおふくろの遺品、第1号の『ニッカウヰスキー』、原酒の熟成を待つ間に資金繰りのためにつくっていたりんごジュース、思い出の写真などが展示されている。
ウイスキー館にあるスピリッツセイフ(※1)は、ハイランド地方にあるスコットランドで最も古い公認蒸溜所の1つ、ベン・ネヴィスの社長ロス氏にお願いして、すでに閉鎖してしまった蒸溜所にあるものを送っていただいた。そしてコニャックのアランビック(コニャックの蒸溜機)はティフォン蒸溜所のものを譲り受けたのだが、これには面白いエピソードがある。
フランスはコニャック地方のティフォン蒸溜所へ行ったとき、ずいぶんと古いアランビックを見つけた私は、社長に「またずいぶんと古いものですね。まだ使っていらっしゃるのですか?」とたずねた。すると社長がひと言「欲しいか?」と言う。冗談だと思い「欲しい」と答えたところ、「じゃあ、持っていけ」ということになり、17世紀もののアランビックは日本までの長い船旅に出ることになったのである。解体して送られてきたのだが、ご丁寧に土台のれんがまで一緒に入っていた。
コニャック滞在中は、蒸溜所が所有するシャトーに泊まらせていただいた。すると社長が「貴方が泊まる部屋はね、出るから気をつけておくれよ」と妙なことを言った。「出るとおっしゃいますと?」「幽霊が出るんだよ」。私が笑いながら「美女の幽霊なら大歓迎なのだが」と言い返すと、社長は大声で笑った。
朝食にはりんごゼリーが出た。ジャムではなくゼリーが出たのが珍しく、ゼリーの話をしたところ、「ゼリーをつくる鍋をやろう」と言う。ここの社長は実に素朴で気前の良い人物なのだが、油断するとすぐに「持っていけ」が出るのでうっかりしたことを言えない。結局、私はダンボールに詰めた鍋と一緒に帰国することになったのである。
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