「今までの延長線上では不可能」 ファスナーの雄・YKKが挑むビジネス変革ポーター賞企業に学ぶ、ライバルに差をつける競争戦略(2/4 ページ)

» 2015年07月16日 08時00分 公開
[伏見学ITmedia]

顧客が求めるさまざまな基準をクリア

大薗: こうした取り組みが、例えば、宇宙服やH-IIAロケットのサーマルカーテンなどに使用される、YKKにしか作れないファスナーにつながっているわけですね。

猿丸: 社内に工機部門を持っているのも特徴的で、ファスニング商品や建材の一部を作ることに関して当社は長けています。ファスナーは商品のスペックが決まってからその要求範囲が決まるため、ニーズに幅広く対応できる生産設備が必要です。YKKの強みは、材料から新商品の企画、それに応える生産設備までをトータルで用意している点でしょう。

 例えば、山登り用のウェアに防水性のファスナーがほしいとか、スポーツウェアで伸縮性があるものがほしいとか、あるいは車載関係ではアパレルに求められないような強度、難燃性のあるファスナーがほしいとか、顧客が求めるさまざまな基準をクリアできる体制になっています。

 ただし、B2C事業ではないので、我々が市場の動向をいち早く察知して、顧客にまったく新しい商品を自ら提案できるところまではいっていません。どうしても顧客からの要望に応えるケースが多く、そこが将来的な課題といえるでしょう。

 ファスナーが世に出て120年以上経ちますが、エレメント(務歯)を1つずつかみ合わせる「係合」というメカニズムは変わっていません。材料も製法も時代とともに変わっているのにです。こうした現在のファスナーに代わる新しいファスニングデバイスができるとしたら、それはYKKが最初に手掛けたいという思いはあります。

徹底的にローカル化する

大薗: YKKは以前から積極的にグローバル展開し、世界約70カ国・地域に拠点を持つなど、海外市場での現地化がかなり進んでいる印象を受けます。そうしなくてはならない必然性と、それを実行する上での難しさは何ですか。

一橋ICSの大薗恵美教授 一橋ICSの大薗恵美教授

猿丸: 当社の顧客の中で最も大きな割合を占めるのがアパレル業界です。かつて衣料品は1つのマーケットで商品が作られ、販売され、消費されるという「地産地消」が当たり前でした。ところが、1980年代半ばから安い労働力を求めて、日欧米のいくつかのアパレルメーカーが縫製の機能だけを中国や東南アジアなど海外に移すようになりました。そうなると当社もそこに拠点を設けて商品を作らざるを得ません。なぜなら、ファスニングの部材は1週間から、早いものであれば2〜3日と非常に短納期を求められるため、顧客とのタイムリーなやり取りが不可欠だからです。

 このような状況になった場合、例えば、今まで当社の納品先は米国のアパレルメーカーA社だったのが、A社が縫製を委託する中国のC社に変わります。では、今後はA社を無視してC社だけと商談すればいいかというと、当然そんなわけはありません。ブランドホルダーであるA社と、商品を実際に購入してもらうC社それぞれへの営業活動が必要となります。

 そうなると各地に拠点を構え、徹底的にローカル化しなければなりません。日本の本社からコントロールすることは不可能であるため、現地のマーケットや顧客の動きを最も理解しているローカルの事業会社の権限を大きくして、それぞれがタイムリーな経営判断をすることがどうしても必要になるのです。

 では、現地のマーケットを最も知っているのは誰かというと、ローカルの人材だと考えています。現在、海外87社のうち20社が外国人社長ですが、経営の現地化という点ではまだまだこれからといった状況です。

 ちなみに、なぜ短納期が求められるのかというと、ファスナーは小さな部材なので、多くの場合、最後にオーダーされる一方で、縫製の工程では最初に取り付けとなるからです。

 さらにほとんどが受注生産で、在庫から売ることはあまりありません。カラーバリエーションや形状などカスタマイズは細かく、発注ロットも小さくて、3〜5本単位でのオーダーもあるほどです。従って、我々の生産ラインや生産設備もそれに対応したものでなくてはなりません。

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