「今までの延長線上では不可能」 ファスナーの雄・YKKが挑むビジネス変革ポーター賞企業に学ぶ、ライバルに差をつける競争戦略(3/4 ページ)

» 2015年07月16日 08時00分 公開
[伏見学ITmedia]

すべての技術情報は日本に集約

大薗: マザー工場のある富山・黒部を技術の総本山と位置付けている理由は何ですか。

猿丸: 工場があるところすべてには開発技術があるわけですが、黒部を技術の総本山にしているのは工機部門があるからです。これを各地にばらすわけにはいきません。

 ただし、開発にも2種類あると考えています。材料やファスナー機能など根幹にかかわる開発は、試作したり、何度も手戻りしたりしながらさまざまな部署を巻き込んで行うため、技術が集約した黒部でやるべきです。一方で、小さな機能改良やデザイン変更など顧客の要望を受けてすぐ近くでやれるものであれば、どんどん現地でやればいいと思います。その代わりすべての技術情報は日本で把握するという体制を作っています。それが総本山という意味です。

革新なくしてコストダウンはできず

大薗: 今後のYKKの事業戦略としてボリュームゾーンを獲りにいこうとしています。今までは品質で勝負してきたわけですが、より下の層を狙う場合、コストダウンは必要で、この点では多くの日本企業が苦労しています。

2016年4月に操業予定の工機工場(出典:YKK) 2016年4月に操業予定の工機工場(出典:YKK)

猿丸: 正直、苦しんでいます。コストダウンにも限界があり、当社の場合、生産工程におけるこれ以上のコストダウンは15%が限度だと考えています。1円、2円の積み上げでコスト削減を進めること自体はとても大事ですが、そのような積み重ねでは今の3割、4割も安いものを作ることはできません。そこには革新が必要なのです。今までの延長線上では絶対に不可能です。

 では、革新は何かというと、1つは商品を変え、材料を変え、作り方を変えることです。もう1つは商品をグレードで考えることです。

 一般的に、機能を削ることでコストダウンを図るケースがあります。例えば、海外の自動車メーカーが販売する小型車は、ワイパーを1本にしたり、オーディオやエアコンをなくしたりすることで低コスト化したといいます。

 ただし、必ずしもすべての商品が機能を削ることでコストダウンできるというわけではありません。ファスナーに関しては、テープ、エレメント、スライダーと大きく3つの部品しかなく、どれが欠けても成り立ちません。また、YKKの理念は「品質にこだわり続ける」ことなので、品質を下げて安くするという発想もありません。

 そうすると、材料そのものを変えて、製法を新しいものに変えることで、コストダウンを目指すのが1つのやり方といえるでしょう。

 もう1つ、商品をグレードで考えるというのはこういうことです。例えば、ある日本の自動車メーカーの最高級車は世界市場ではトップグレードですが、では同じメーカーでほかのグレードの車はダメかというとそんなことはありません。そのクラスの中では最高品質のクルマです。このように、品質を落とさずにグレードに合わせて最高の商品を提供できるかということです。

 アパレル業界の品質基準に「染色堅ろう度」というものがあります。洗濯などによる色落ちのしにくさを測るもので、YKKのファスナーは最高レベルで管理しています。では、カバンに使われるファスナーにこのレベルは必要かということです。通常、カバンを洗濯することはないため、この部分の品質要求は省いてもいいのではないでしょうか。一方で、カバンのファスナーに求められるのは強度であり、これについては最高品質のものを提供するべきでしょう。

 別の例は、クルマのシートに使われるファスナーです。衣料品などのファスナーであればいかにスムーズに開閉するかが大切ですが、クルマのシートの場合は、いかにしっかり閉まり、強度を保持できるかが重要です。スムーズに開閉する機能は不要で、安全性などの面から一度閉まったら決して開いてはならないのです。このように同じファスナーでも用途によってまったく発想が違うのです。そこで用途に応じた最適な機能付与をすることで商品のコストダウンにつなげることができるのではと考えています。

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