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Winnyを肯定的に議論するWinny事件を考える(1/2 ページ)

» 2004年05月17日 07時57分 公開
[石橋啓一郎ITmedia]

 Winnyの開発者である金子勇(東京大学大学院助手)が5月10日に逮捕されて以来、Winnyに関する議論が進められている。Winnyは2ちゃんねる(以下2ch)から生まれたP2P型のファイル共有ソフトの一種で、非常に多くの人に利用されており、利用者は100万人を超えるとも言われている。そこでは著作権侵害にあたるファイルの交換が頻繁に行われていることが問題視されており、昨年11月27日にはWinny利用者が著作権侵害の疑いで逮捕されている。

 現在多くのところで現在進んでいる議論は、主にWinnyの開発の違法性という観点や著作権のあり方はどうあるべきかという観点からのものだ。しかしここではあえてもっと広い見方をして、Winnyの功罪、特に功績の部分に焦点を当ててみたい。Winnyとは何か、どうしてこんなに騒がれるのかを考えてみるためだ。

Winnyの出自と開発経緯

 Winnyは2chの「MXの次はなんなんだ?」というスレッドの中で初めて言及されている。2002年4月1日に、そのスレッドの47番目の記事で、「暇なんでfreenetみたいだけど2chネラー向きのファイル共有ソフトつーのを作ってみるわ。もちろんWindowsネイティブな。少しまちなー。」と書き込まれたのがそれだ。これはWinMXの利用者摘発後、4カ月ほど経った頃である。この発言番号にちなんで、Winnyの作者はこれまでずっと「47さん」あるいは「47氏」と呼ばれてきた。この記事では、金子氏を以後47氏と呼ぶ。

 Winnyの開発はその発言以降、利用者との密なコミュニケーションの中で続けられ、同年5月6日にリリースされた。以後全部で236回、平均して週に3度以上のバグフィックスやパラメータ調整のためのバージョンアップが行われている。広く無料で公開されているソフトウェアがこれだけの頻度でバージョンアップされることはまれで、非常に熱心に開発が続けられていたことを示している。また、利用者が即座にそれに対応していたことから、Winnyが絶大な人気を誇っていたことが見て取れる。

 47氏はWinnyを開発した理由について、2002年4月30日に以下のような書き込みをしている。

 「まぁ、そろそろ匿名性を実現できるファイル共有ソフトが出てきて現在の著作権に関する概念を変えざるを得なくなるはず、あとは純粋に技術力の問題であって何れ誰かがその流れをブレイクさせるだろうとは思ってたんで、だったら試しに自分でその流れを後押ししてみようってところでしょうか。

純粋に暇つぶしの腕試しです。

私なんてたいしたこと無くて、この程度作れる人は日本人でもかなりいるはずですが、実際に表にブツを出す人少ないんで、こういう方面でも日本人にがんばって欲しいというのもあります。」

 この時点では、Winnyがここまで流行すると予想した人は本人も含め誰もいなかったはずで、この発言は本音に近いと思われる。47氏はずっと匿名で行動しており、何らかの金銭的な報酬や、実生活での名誉の面での見返りがあったとは考えにくい。つまり、現行の著作権の概念への疑問と「腕試しをしたい」という気持ちが47氏を開発に駆り立てたのではないかと思われる。

 金銭などの報酬もなく自発的に開発をはじめ、支持してくれる利用者との密接なコミュニケーションの中で完成度の高いソフトウェアを作り出したプロセスは、情報社会の新しい知の生産のありかたの先駆けのようにも思える。

現行の著作権制度への問いかけ

 47氏は著作権侵害をするためにこのツールを利用してよいと直接的に発言したことはないが、今の著作物のあり方に対する疑問をしばしば述べており、その問題に対する問いかけのためにWinnyを作ったという意味の書き込みがある。

 彼の発言を追っていくと、「いくら制度を守ろうとしても技術的な抜け穴があればその制度は意味を失っていき、新たな制度を作る必要が出てくる。これは必然的に起こることで、Winnyはそれを少し早めているに過ぎない」と考えていることがわかる。47氏は何度かソフトウェアやその他の創作物の作者が報酬を得られるような新しい枠組みについてアイデアを述べたりしており、情報はすべて無料であるべきだというような単純な考えを持っていたのでないことは確実だ。

 利用者の多くはWinnyによって著作権が緩やかな世界を疑似体験することができた(念のため、著作物のダウンロード自体は合法だということを確認しておきたい。ただし、商用ソフトウェアの多くを初め、それを実際に利用するのはルール違反という場合も多い)。Winnyの場を利用して、二次創作物を作る人たちも出現した。例えば、Winnyで流れている字幕のない洋画に、勝手に字幕をつけて流す人たちなども現れた。

 技術の変化と情報社会の進展とを考えたとき、今の著作権の枠組みは窮屈すぎるという考えには、私も賛成だ。ひとつには、技術の進歩により、情報の再利用性が高まっているにもかかわらず、現行の著作権法の権利処理は非常に煩雑で、再利用が困難だということがある。また、著作権者が自分に大きなデメリットがなければ著作物の再流通や再利用も構わないと考えている場合も多いのだが、現在の日本の著作権法では特別な措置を取らない限り、原則として再利用には許可が必要となるという問題もある。

 これからの情報社会で著作権がどうあるべきか考えなければならないとき、Winnyで体験したことを基礎にして議論できるというのは有意義なことではないだろうか。

Winnyの見せる新しい情報空間

 Winnyはひとつの新しい世界を見せてくれた。広帯域常時接続で互いに接続されたコンピュータが、好きなときになんでも取り出せる一つの情報空間を提供する世界だ。

 ほんの5年ほど前には、ネットワークの帯域が狭く、通信料金も高かったため、欲しくもないファイルをダウンロードすることなどあり得なかった。しかし、ネットワークの利用モデルはネットワークの環境によって変わる。例えばWinny利用者は、関係があるかもしれないファイルを大量にダウンロードしておいて、後で関係ないものを消すといった使い方もするようになった。Winnyはキーワードを設定しておくと、それがファイル名に含まれるものを順番にダウンロードする機能を持ち、一日に5Gバイト、10Gバイトとファイルのやりとりをしたことのある利用者も少なくないだろう。

 Winnyは、広帯域・定額のネットワークと大容量の記憶領域があるとき、それをどのように生かせるか、そこにはどんな情報空間ができあがるのかという壮大な社会実験だと見ることもできる。

私の知人の間では、FTTHを使い切ることのできるアプリケーションは今のところWinnyしかない、と話している。Winnyは、現在のブロードバンドネットワークを初めて「生かし切る」分散アプリケーションなのである。

思想の表現としてのWinny

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