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» 2004年07月14日 08時44分 公開

Apple不在のMacworld、ジョブズ“精神”は健在?

Macworld Conference & Expoが7月13日開幕した。Macintoshの20周年を記念するAppleの元社員4人によるパネルディスカッションでは、Macintoshプロジェクトの始まりと、4人がデザインに果たした役割が紹介された。(IDG)

[IDG Japan]
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 1997年以来の米ボストン開催となるMacworld Conference & Expoが7月13日開幕した。Macintoshの20周年を記念するプレゼンテーションはNew York Times紙のコラムニスト、デビッド・ポーグ氏が司会を務め、最初のMacをデザインしたビル・アトキンソン、アンディ・ハーツフェルド、ジェリー・マノック、ジェフ・ラスキンの4氏が参加した。

 ポーグ氏はパネルディスカッションの冒頭、Appleのスティーブ・ジョブズCEOがいないことを残念がり、黒いタートルネックとブルージーンズを取り出すと、ステージ上で隣の空席に置いた。

 「スティーブ・ジョブズ“スピリット”をご紹介します」というポーグ氏の言葉に、会場からは笑いと喝采。

 Appleの元社員4人によるパネルディスカッションでは、Macintoshプロジェクトの始まりと、4人がデザインに果たした役割が紹介された。社員番号31番のラスキン氏は、実際には誰がMacintoshプロジェクトを立ち上げたかについてはっきりさせておきたい意向だった。同氏によれば、それはスティーブ・ジョブズ氏ではないという。

 MacintoshはApple Computer創設前の1960年代に始まったプロジェクト。Macintoshの父は自分だとラスキン氏は言い、「(ジョブズ氏は)出過ぎたばかりにLisaプロジェクトから締め出され」、Macintoshプロジェクトに加わったと説明した。

 ラスキン氏はMacintoshについて、そしてスティーブ・ジョブズ氏のおかげでコンピュータがどのように変わっていったかについて、自身の考えを述べている。

 「スティーブがユーザーインタフェースを理解することはなかったが、ボックスは理解していた。ボックスから外に出ることはなかった。Macは狂気じみて素晴らしいものから、狂気じみて醜悪なものになった」

 残るパネリスト3人は元上司に対してもっと寛容だった。言葉こそ遠慮はなかったが、Apple勤務当時のジョブズ氏のユーモアに満ちた言動について、鮮明に記憶していた。

 ジョブズ氏は風評通り本当に怖い人物なのかというポーグ氏の質問に対し、「スティーブは怖かった。でも信じられないくらい素晴らしかった」とハーツフェルド氏。

 「スティーブはいつも、自分のデザインをメルセデスに合わせたいと思っていた」とマノック氏は言い添えた。同氏はMacintoshの工業デザインを手掛けた人物。

 大型スクリーンに初期のHyperCardアプリケーションのスライドが映し出されると、会場とパネリストから拍手喝采が起きた。アトキンソン氏はHyperCardを見過ごしたことを認めたが、それはインターネットの到来を予想していなかったからだという。

 AppleがMac OSをライセンスしないと決めたこと、そして、もしライセンスしていればAppleは市場シェアをもっと拡大できていたかどうかについて、ハーツフェルド氏は「チャンスはあっただろうが、それではもうAppleでなくなっていただろう。(仮定の話で)どうなっていたかなど、誰にも分からない」と語っている。

 AppleがiTunesに採用しているFairplay DRMのライセンスに消極的なことも、Mac OSのライセンス問題との比較で話題に上った。Appleはかつて市場で首位に立っていながら、自社のOSが採用されなかったばかりに首位の座を奪われてしまったが、これと同じ過ちは繰り返してほしくないとの意見でパネルディスカッションは締めくくられている。

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