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PC事業売却はIBMにとって「賢明な選択」か?

» 2004年12月06日 11時05分 公開
[IDG Japan]
IDG

 IBMがPC事業を売りに出したという記事が、12月3日発行のNew York TimesのWebサイトに掲載された(12月3日の記事参照)

 記事によると、IBMは中国最大のPCメーカーLenovo Group(旧Legend Group)と売却交渉をしており、売却先候補は少なくとももう1社あるという。売却額と交渉の状況については記されていない。

 日本IBMの広報担当者はこの件に関するコメントを拒否、香港のLenovoの広報担当者からもコメントは得られなかった。米IBMの広報担当クリント・ロズウェル氏もコメントを拒否している。

 売却が成立すれば、1981年のIBM Personal Computerのリリースでホームコンピューティング興隆の立役者となったIBMが、この市場から撤退することになる。ハードウェア事業は、ルイス・ガートナー氏がCEO(最高経営責任者)に就任する1993年までIBMの主幹事業に据えられていた。同氏は繁栄に陰りが差したハード事業からソフト開発およびサービス事業に主軸を移し、IBM復興に努めた。1998年から、IBMのソフト・サービス事業の売上がハードウェア事業のそれを上回るようになっている。

 IBMは既にコモディティ化が進むPC市場から手を引いている。2002年、同社はほとんどのデスクトップPC製品の製造を米Sanmina-SCIに委託する50億ドル規模の3年契約を結んだ。さらに同じ年に、ハードディスク事業を日立に売却した。金融アナリストらは、IBMが利ざやの小さいPC事業から全面的に退くだろうと予測したが、パルミサーノCEOを含む幹部陣は「IBMの強みは包括的な品揃えにある」と主張、撤退説に反論した。PC市場でプレゼンスを維持することは、広範な専門知識を持つエンドツーエンドプロバイダーを求める顧客により質の高い仕事を提供することになるとも、同社経営陣は語っていた。

 もしIBMがこの戦略を変更して厳しいPC市場から撤退するとしたら、うまいタイミングかもしれない。調査会社の米Gartnerは11月29付けの報告書の中で、成長率の鈍化と利益率の減少から、世界PCベンダー上位10社のうち3社が2007年までに事業を売却するか、あるいは市場から撤退するとの予測を示した(11月30日の記事参照)。特にPC部門を切り離す可能性が高い企業としてIBMとHewlett-Packard(HP)が挙げられた。

 Gartnerは「世界PC市場は、2005年以降少なくとも3年間は低迷すると予測する」とし、「この期間中、現在2ケタ台の出荷台数の伸びは1ケタに落ち込み、売上成長率はほぼ横ばいの見通し」と記している。

 GartnerとIDCは、いずれもPCの出荷台数でIBMを3位にランク付けている。首位のDellは、ここ数年間常に黒字を計上している唯一のPCベンダー。HPは2位につけている。なおIDCによれば、IBMの2004年4〜6月期における世界PC出荷台数は320万台。

 The Envisioneering Groupのアナリスト、リック・ドハーティ氏は「IBMはビジネスにおいてナンバーワンになることを好み、悪くてもせいぜい2位まで。ナンバースリーはあまり好きではない」と語る。

 同氏によれば、IBMのパルサミーノCEOは、今後もIBMの各事業部門を監視し続け、「支配的または革新的な地位を築ける市場でしか競争しない」という戦略にそぐわない部門を軌道修正あるいは排除すると投資家に約束している。PC市場からの撤退はそうしたIBMの全社的な戦略と合致する。また同社はLenovoなどの中国ベンダーとは何年も前から製造に関して提携している。

 「最大のパートナーをオーナーにすることはそれほど突拍子もないことではない」(ドハーティ氏)

 Prudential Equity Groupの金融アナリスト、スティーブ・フォチューナ氏も、そうした戦略転換は論理的との見方を示す。「(IBMの)長期的な中核戦略において、PC事業はまったく戦略的でないと考える」と同氏は3日発行のリサーチノートに記している。「時間の経過とともに、IBMの戦略はサービスとソフトに重点を置くようになった。まだハードウェア市場にとどまっている範囲では、彼らは差別化と付加価値を施す余地がある分野に照準してきた」

 PC事業から退くことになれば――IBM幹部が依然主張したように――製品ポートフォリオが狭まることに対し、顧客からある程度反発を買うかもしれないとドハーティ氏は見ている。法人顧客は、自分たちのあらゆるITニーズをIBMの高品質な製品が満たしてくれることを喜んでいると同氏は言い添えた。

 「(IBM製品の)性能に対する評価は高い。今、コンシューマー向けノートPCを勧めるなら、IBMをおいてほかにない。ThinkPadは文字通り落としても、中のデータが失われることはない」とドハーティ氏。「法人顧客は確実な供給を望むだろう。IBMとしては、(PC小売りの)CompUSAに行かなくてはThinkPadが手が入らないという状況は作りたくないはずだ」

 Merrill Lynchの金融アナリスト、スティーブン・ミルノヴィッチ氏も、IBMがPC部門を売却した場合の法人顧客に対する品質管理の問題に言及している。

 「IBMは今でもIBMブランドPCを販売したいのだと思う。つまり、Lenovoが『IBM』と表示されたPCをIBMに供給する可能性があるということだ」と同氏は3日発行のリポートで述べている。

 苦渋の年月と大幅な組織再編を経たIBMのパーソナルシステム部門(PC事業含む)は今年に入ってからの3四半期、対前年比売上を大きく伸ばしている。同社は10月、モバイルPCの売上が好調で第3四半期(7〜9月期)の売上が前年同期比17%増を達成したと報告した。同様に、第2四半期(4〜6月期)と第1四半期(1〜3月期)もモバイルPCの売上が貢献し、それぞれ同16%増、同18%増であった。

 PC事業売却説に異議を唱えるCurrent Analysisのアナリスト、サム・バヴナニ氏は、最近の業績の伸びは自説を支持するものであり、IBMがPC部門を売りに出すことは愚行だとしている。IBMのThinkPadは現在出回っているノートPCの中で最高品質の製品の1つとされており、顧客はセキュリティなどのハイエンド機能において先進的なIBMに満足していると同氏は主張している。

 バヴナヒ氏は、IBMはPC事業から完全撤退するというよりも、中国ベンダーとの製造・製品開発に関する提携関係を強化する可能性が高いと見ている。

 「私に言わせれば、(PC部門の売却は)まったく理にかなっていない。同社にとってPC事業は大きなプロフィットセンターでこそないが、同社の足を深刻に引っ張っているわけでもない。顧客はIBMブランドを求めている」と同氏は強調した。

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