次世代スーパーコンピュータについて議論する「計算科学技術シンポジウム」が9月26日から都内で開かれている。いま、地球シミュレータの約250倍となる超高速計算機を2010年度に実現する国家プロジェクトが動き出そうとしている。1000億円を超える巨費を投じ、日本が再び最速スーパーコンピュータを目指すのはなぜか。最速スーパーコンピュータで目指すのは何か。どう目指すか。研究者や技術者が知恵を絞る。
地球シミュレータの“次”となるスーパーコンピュータ国家プロジェクトが動き始めている。
文部科学省は2006年度予算の概算請求に、次世代汎用スーパーコンピュータの設計開発費を盛り込む予定だ。計画では2010年度、地球シミュレータの約250倍となる10P(ペタ)FLOPSの性能実現を目指す。10PFLOPS──1秒間に1京回の演算を行う「汎用京速計算機」だ。
米エネルギー省と国防総省が掲げた目標は同時期までに1PFLOPS超。京速計算機はこれをさらに10倍上回る。
シンポジウムは国立情報学研究所が主催し、産官学から計算機技術分野の研究者や技術者が出席。28日まで、次世代スーパーコンピュータに必要な要素技術や、科学シミュレーションなどの応用について話し合う。
初日には自民党スーパーコンピュータ推進議連の会長を務める尾身幸次・元科学技術制作担当大臣(衆議)も駆け付け、さながら次世代スーパーコンピュータ実現に向けた「総決起集会」(情報学研の坂内正夫所長)となった。
文科省計画では、新プロジェクトの総事業費は2012年度まで7カ年で1154億円。時に「大艦巨砲主義の戦艦大和」と評されることもある地球シミュレータに投じられた国費は約600億円だ。シンポジウムでは、地球シミュレータの倍近い巨費を投じ、日本が地球最速のスーパーコンピュータを再び目指す理由について議論が交わされた。
シンポジウムを主催した国立情報学研究所の坂内正夫所長は「資源のない日本は人と知恵しかなく、科学立国につきる。スーパーコンピュータはIT分野で知恵の結晶すべきターゲットであり、日本がよって立つべき科学技術の基礎となる」と話し、日本が技術立国を目指す以上、スーパーコンピューティング技術は必須だと指摘した。
基調講演した筑波大学の岩崎洋一学長も「大きな壁を突き抜けた段階でぶっちぎりトップになるのが真のブレイクスルー。国によるスーパーコンピュータ開発の目的は、科学技術のブレイクスルーの実現だ」と応じた。
日本のスーパーコンピュータの低落傾向は明らかだ。Top500リスト100位以内に占める国産品の割合は1997年をピークに激減した。
スーパーコンピュータが日米貿易摩擦の舞台となった1980年代であっても、スーパーコンピュータ自体は企業が利益が出せるものではなく、そこで培った技術をメインフレームに投じることで成り立っていたのが実態だ。だがオープン化の進展でメインフレーム市場にも逆風が吹く中、用途が限られたスーパーコンピュータに惜しみなく研究開発費を投じるのは難しい。日立製作所と富士通はベクター方式から撤退し、いまや「SX」のNECが孤高を保つのみだ。
こんな状況の中、欧州のように自前のスーパーコンピュータ開発を事実上放棄し、アプリケーションに力を注ぐべきだという考え方もある。
だが文科省の藤田明博・大臣官房審議官は「米国の国家主導スーパーコンピュータは軍事目的だ。米国から買う際、最先端のコンピュータを売ってくれるかというと疑問だ。少なくとも数年は遅れてしまうのでは」と話し、科学や産業の基幹技術を米国に依存する危うさについて指摘した。
東芝の有信睦弘・執行役常務は「ハイパフォーマンスコンピューティング環境を作っていくプロセッサやOSなどは、その国の知性のあり方を示すものだ。議論をわい小化しないほうがいい」と述べ、スーパーコンピューティングそのものが日本の知性と技術マインドを示すものだとし、単なる効率やコストの論議に陥るべきではないとした。
では日本の次世代旗艦スーパーコンピュータはどうあるべきか。素粒子物理学者として筑波大の「CP-PACS」開発にも関わった岩崎学長は基調講演で、自らの経験をもとに提言をまとめた。
地球シミュレータをはるかに上回るペタクラスのコンピューティングは、科学上の「グランドチャレンジ」を解決するための最重要ツールであり、それ自体がグランドチャレンジでもある。実現には(1)解決すべきグランドチャレンジ目標の設定、(2)原点に返った問題のモデル化と計算アルゴリズムの再定式化──などが必要だとした。応用プログラムのゼロからの開発し直しも必要なら敢行すべきだとし、「国民の多額の税金を投入するのならば、それくらいの覚悟は必要だ」と鼓舞した。
スーパーコンピュータの規模や配備については「一点豪華主義」を避け、最高速システムに複数の中規模システムを組み合わせていく重層的な配備が重要だとした。最速システムの集中利用による計算効率向上に加え、多様な分野が中規模システムを利用していくことで、計算科学技術全体が持続的に発展していけるという考えだ。
「持続的」はスーパーコンピュータ自体の開発でも同様だ。1回限りの国策マシンでは技術に断絶が生じてしまう懸念があるため、ロードマップに基づく継続的な開発が必要だとの指摘だ。ただ、メーカーが多額のコストをカバーするには限界がある。このため、スーパーコンピュータ技術の民生技術への移転、またはその逆──という技術の相互乗り入れを視野に入れていく必要があるのでは、とした。
岩崎学長は、国産マイクロプロセッサの開発も提言する。「ITなど、国の根幹をなす技術が米国におさえられていると、本当の意味の独立性は保てない」とし、「困難であってもオールジャパンで追求する価値がある」と話した。米IBMのBlueGene/LはPowerPCがベースであるように、日本が得意な組み込みプロセッサ技術の活用可能性も示唆した。
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