ITmedia NEWS > 社会とIT >

著作権保護期間は延長すべきか 賛否めぐり議論白熱(2/3 ページ)

» 2006年12月12日 16時18分 公開
[岡田有花,ITmedia]

(2)妻子の生存期間を考えるべきか

 70年という保護期間の根拠として、著作者の妻子とその子(孫)の生存期間まで著作権が存続するようにすべき、という意見がある。平均寿命も延びており、50年では孫が存命している間に著作権が切れてしまう可能性があるため、70年にすべきだという考え方だ。

 「太宰治さんの作品は、妻子の存命中に著作権が切れた。生きている間に著作権が切れるのは、奥さんや娘さんにとっても寂しいことではないか」――三田さんはこう訴える。「娘さんは残りの人生、父親の著作権が切れたまま生きなくてはならない」(三田さん)

 零士さんも、若死にした作家の遺族を引き合いに出す。「若くして亡くなった作家の妻に『あと数年で主人の著作権が切れるんです』と涙ながらに訴えられた時にどう思うか。作家は一生浪人、生涯孤独な存在。創作のために心血を注ぎ、自分のため、家族のために頑張る。頑張った成果はせめて子孫の代まで残したいもの。年若くして亡くなった友人の子どもを見るたび胸が痛む。70年でも短いぐらいだ」(零士さん)

 これらの意見に、反対派の平田オリザさんは反論する。「遺族への著作権収入は、不労所得で税金もほとんどかからず、優遇されている。死後50年で切れることは前々から分かっており、急に切れるわけでもない。その間に所得を得られる道を探る努力すればいいのであって、遺族の生活保障のために延長する、というのは根拠が薄い議論だ」(平田さん)

画像 中村さん

 司会を務めた中村伊知哉さんは「なぜ著作権法で遺族の生活保障までしなくてはならないのか分からない」と根本的な問題を指摘する。「自分の死後、家族の生活を守りたいと思うのは、作家もそば屋やうどん屋の主人も同じ。作家の遺族は著作権法で保護されるが、そば屋・うどん屋の遺族を守ってくれる『そば屋法』や『うどん屋法』はない」(中村さん)

 零士さんはこの意見に対して「そばやうどんと一緒にしてもらっては困る。作家の作品は残るが、そばやうどんは私にも作れる」と反論した。

 相続する子孫がいないケースも配慮するべきだという意見も出た。「少子化の流れで独身者が増える中、クリエイターに子や孫がいるかどうかを考えないといけない」(山形さん)

 賛成派として登壇した2人にはそれぞれ子どもがおり、反対派として登壇した3人には全員子どもがいない、と指摘する声も会場から出た。

(3)延長は文化にプラスか、マイナスか

画像 平田さんは「チェーホフが44歳で若死にしたことで演劇界はたいへんな恩恵を受けた。もし80歳まで生きていたら、今でも保護期間が続いている」と冗談めかして語る

 著作権保護期間中に著作物の2次利用を行いたい場合は、権利者の許諾を取る必要がある。だが著作者の死後何十年も経つと、権利を相続した遺族を見つけ出すことすら難しい。これが著作物の2次利用を制限し、文化の発展を阻害するという意見もある。

 「著作者の死後、著作物は相続人の共有財産になってしまう。50〜70年も経つと相続人は十数人になっている可能性もあり、うち1人でも反対したら作品を使えなくなる。私が関わってきた営利利用でも、許諾取得は大きな問題。教育や『青空文庫』など非営利目的では2次利用はより難しくなり、作品の死蔵につながる」(福井さん)

 平田さんは劇作家の立場から、脚本のパブリックドメイン化の重要性を語る。「遺族が脚本の上演を拒否するケースは、出版物の2次利用拒否よりも多い。若くして亡くなった作家の作品が後になって日の目を見た時、作家の見ず知らずの親戚1人の反対で上演できなくなる可能性もある」(平田さん)

 2次利用の利便性については、延長賛成派の三田さんも反対派と似た意見だ。「小説に歌の歌詞を少し引用しただけでJASRACに著作権料を支払わなくてはいけない。保護期間が延びると、昔の歌でもほとんどフリーで使えなくなってしまう」(三田さん)

画像 三田さん

 「著作のアーカイブ化に関わっている大学の先生にも延長反対派は多い。例えば今『早稲田文学』の電子アーカイブを作っているが、明治時代の人でも著作権期間が残っていて掲載できないこともある。例えば高浜虚子はまだ掲載できない。有名でない人のコラムなどは、遺族の居所も分からず、許諾の取りようがない」(三田さん)

 こういった問題点を指摘しながらも三田さんは、著作者から許諾を取りやすくするシステムを構築すればよく、そういったシステムがあれば延長も問題ないはずと語る。

 「古い著作物の2次利用が面倒なのは、保護期間が50年でも70年でも同じこと。簡単に2次利用できるシステムを作ったり、文化庁の裁定手続き(著作者不明の場合に文化庁に供託金を預け、2次利用する制度)を簡素化するなどといった対策をすればいい」(三田さん)

 どんな創作物も、先人の創作なしにはありえない。2次利用の制限は、新たな創作の誕生を妨げる――そんな根本的な議論もある。

 「ロミオとジュリエットにも、そっくりなタネ本があったといわれている。グリムやアンデルセン童話の多くはディズニー映画になった。著作権に厳格だったと言われるホルストの『惑星』は、平原綾香の『ジュピター』となってヒットした。2次創作で作家にとって不愉快な作品を作られてしまう可能性があるかもしれなが、傑作が生まれる可能性もあり、延長はその可能性を20年分阻害することになる」(福井さん)

 この意見に対して零士さんは、古典の名作の2次利用と、近現代の作品の2次利用は異なると指摘する。「古典と現代を混ぜてはいけない。近現代にあるものを改変したりパロディー化することは作品への侮辱。先人に学ぶというのは事実だが、学んだだけの敬意を払うべき」(零士さん)

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.