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棋士の脳から「直感思考」を解明へ システム運用技術に応用も

» 2007年08月03日 19時32分 公開
[ITmedia]

 理化学研究所と富士通、富士通研究所は8月3日、将棋を指す棋士の脳を調べ、人間に特有な直感思考の仕組みを解明する共同研究プロジェクトを開始したと発表した。研究には日本将棋連盟が協力し、タイトルホルダーを含むプロ棋士も実験に参加する予定。思考では小脳が重要な役割を果たすという「小脳仮説」の実証を目指し、「世界を先導するユニークなナショナルプログラムになるだろう」(野依良治・理研理事長)と期待している。

 富士通と富士通研究所は棋士の脳の働きを調べて得た知見をもとに、複雑化するネットワークの障害を自動処理する技術などの開発につなげたい考えだ。

photo 左から富士通の秋草直之会長、理研の野依理事長、日本将棋連盟の米長会長

 共同研究は2年間の予定。プロ・アマの棋士に実験に協力してもらい、詰め将棋中などの脳の働きをfMRI(functional Magnetic Resonance Imaging:機能的核磁気共鳴画像装置)を使って測定し、対局中に働いている脳の部位や、脳波のリズムなどを調べ、無意識に最善の手をひらめくような直感的思考の仕組みの解明を目指す。

 将棋はルールが明確な上、非常に高度な思考が求められるゲームであり、長時間集中して思考に没頭する訓練を積んだ棋士は被験者として最適という。1年目はプロ・アマ各10人程度の実験を予定し、その後タイトル保持者ら高段者も参加する。日本将棋連盟の米長邦雄会長は「できる限りプロ棋士が参加していきたい。タイトル者にも全員出てほしい」と協力を惜しまない姿勢だ。

小脳仮説

 研究の出発点となるのは、小脳研究の世界的権威である伊藤正男・理研脳科学総合研究センター特別顧問による「小脳仮説」だ。

 小脳は運動機能を制御する役割を持つとされてきた。だが大きさは大脳の10分の1程度と小さいにもかかわらず、ほぼ同数の神経細胞が活動している。このため運動のほかにも重要な役割を担っていると考えられており、小脳仮説では、人間の直感思考で重要な役割を果たしていると見る。

 あるものを学習したり、考えると、大脳に観念や概念、思考のモデルが形成される。これが小脳に内部モデルとしてコピーされ、別の問題に対しても、小脳がモデルを使って考え続けるようになる。ところが小脳の思考は本人には意識されないため、直感思考としてあらわれる──というのが小脳仮説の骨子だ。

 将棋に当てはめると、長期にわたる高度な思考訓練で形成された大脳の思考モデルが小脳にコピーされ、小脳が思考することで無意識に最善手をひらめくようになる。意識的で論理的な大脳と、無意識的で直感的な小脳との双方向性が高度思考を解明するカギになると研究グループは考えており、棋士の思考から得られた結果は、一般的な直感思考の解明にもつながると見ている。

 小脳仮説は運動については実証が進んでいるが、「人間の考える内容は多様で研究しにくく、深い思考をテストする方法もなかった」(伊藤特別顧問)として思考については研究が進んでいなかったという。将棋はルールが明確で、思考の具体的内容と測定結果を突き合わせやすく、将棋の思考に特化した棋士という集団もいる。米長会長が「将棋と脳」をテーマに理研で講演したのが縁で、研究への機運が高まった。

エンジニアの思考を研究して新技術に

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 富士通と富士通研究所は、研究で得た知見を新しいIT技術の開発につなげたい考えだ。

  情報システムにぶら下がる端末の種類や数が増え続け、新サービスの追加やシステム統合などで大規模化・複雑化が進む一方。こうなるとシステム全体をリアルタイムに把握することが不可能になり、どこかで障害が起きても復旧は難しいはず。だがエンジニアはそのつど何らかの答えを見つけ、これを解決している。

 小脳の学習や情報処理の仕組みの解明が進めば、熟練したエンジニアの思考過程を運用技術に取り入れるなどした新技術の開発につながり、障害復旧の自動化や信頼性の高いシステム運用に活用できると期待する。プロジェクトの成果は、Second Lifeに富士通が持つSIM(島)でも順次発表し、世界の研究者と意見を交換していく予定だ。

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