「かわいい」「うまい」「まるで違和感がない」――バーチャルアイドル「初音ミク」が歌った楽曲が、「ニコニコ動画」で人気だ。初音ミクはメロディと歌詞を入力すると、合成音声で歌う楽曲制作ソフト。うまく設定してやると、合成とはにわかに信じられないほどなめらかで自然に歌い上げる。
人間の声を元にリアルな歌声の合成音を作ることができるヤマハの技術「VOCALOID 2」を活用し、クリプトン・フューチャー・メディア(札幌市)が企画、制作して8月31日に発売した。Amazon.co.jpでは1万5750円で販売しており、ソフトウェアランキングで9月12日現在1位をキープ。異例の売れ行きで、生産が追いつかない状態だ。
12日までの販売数は、予約を含めて3000本近い。1本当たりの平均200〜300本程度、1000本売れれば大ヒットと言われる音楽制作ソフト市場で「ありえない本数」と、企画・制作を担当した同社の佐々木渉さん(27)も驚く。
初音ミクは8月31日の発表以来、試聴コンテンツのクオリティーの高さがネットで話題になった。さっそく購入したユーザーは、楽曲を制作して「ニコニコ動画」「YouTube」に次々にアップ。そのクオリティーの高さに驚いたユーザーがまたソフトを購入するといったサイクルで、人気がふくらんできた。
ニコニコ動画では従来から、バーチャルアイドルを育てて歌を歌わせるXbox 360用ゲーム「THE IDOLM@STER」(アイマス)の動画が人気。ユーザーがカラオケを歌ってアップする「歌ってみた」と呼ばれるコンテンツも流行中で、バーチャルアイドルに自由に曲を歌わせられる初音ミクが歓迎される土壌は整っていた。
佐々木さんによると、自作楽曲を手軽に共有できる環境がネット上に整ったことで、音楽制作ソフト市場がここ最近拡大を続けているという。初音ミクは音楽だけでなく、歌詞も一緒に制作・公開できる。「日記のように気軽に歌を公開してもらえれば」
ヤマハの「VOCALOID 2」を活用した初音ミクは、前バージョン「VOCALOID」を利用したクリプトン製ソフト「MEIKO」よりも肉声に近い音声を再現できるのが特徴だ。
「声は体の一部。キャラクターを設定して“体”を明確にすることで、声のリアリティも増す」。ソフトにキャラクターを設定したのは、そんな思いがあったから。コンセプトは「未来的なアイドル」。VOCALOIDという未来を感じさせる技術のイメージを重ねた。
まだ見ぬ未来から、初めての音がやって来る――そんな思いを込めて「初音ミク」と名付けた。身長158センチ、体重42キロという設定にはあまり“色付け”していないという。「ユーザー1人1人が声の印象からイメージをふくらませてもらいたかった」
キャラクターデザインは「SFにあるような、人間と電子パーツのハイブリッド生命体」をイメージ。衣装の一部に、ヤマハが1980年代に発売し、世界でブレイクしたFM音源方式のデジタルシンセサイザー「DXシリーズ」のパーツデザインを採用した。「最新技術による最先端のサウンドとして広く認知されて欲しいとの願いを込め、ヤマハの担当者を説得して使わせてもらった」
本格派シンガーなどではなく、まずアイドルを選んだのは「VOCALOID 2」の特徴を考えてのことだ。「初代VOCALOIDよりも人間的な声な要素が強いので、本格派シンガーではあまりに生々しく“ある種のホラー的要素”が加わってしまうのでは、と考えた」。アイドルの発想は「ハロー!プロジェクト」「AKB48」「東京パフォーマンスドール」などから影響を受けたが、アイマスは「企画当初は知らず、後で知って勉強し始めた」という。
初音ミクの音声を担当したのは、「ときめきメモリアルONLINE」の弥生水奈役や「つよきすCool×Sweet」の蟹沢きぬ役などで知られる声優の藤田咲さん。当初は声優ではなく、かわいらしい声の歌手10人ほどにオファーしていたが、「自分のクローンが作られる」「オリジナル作品のカバー曲がはんらんしてしまう」などと敬遠されるケースが多く、なかなか折り合いが付かなかった。
そこで「かわいらしい声のエキスパートであるプロの声優さんの方がいい結果を得られるのでは」と発想を転換。大手プロダクションに飛び込み営業をかけて男声・女声合計約500人分の声優の声を何度も聞き込み、コンセプトに合う声を絞り込んでいった。「声優さんはアニメのキャラクターを演じる感覚を持っているため、理解してもらいやすかった」
藤田さんに決めたのは、声質がVOCALOIDにぴったりと感じたから。「高音域には竪琴のような、女性的でりんとしたインパクトがあり、VOCALOIDとの相性が抜群。アカペラで声が聞き取りやすい上、エレクトリック・サウンドとの相性は格別」
ニコニコ動画では、初代VOCALOID「MEIKO」を使った動画がすでに人気だった。佐々木さんは「初音ミクもニコニコの視聴者の方々に愛されてほしいと淡い期待を寄せていた」としながらも「ニコニコは私のような制作・販売サイドの社員が邪念をもって接してはいけない『聖域』のように感じている」と謙虚だ。
販売目標は「見失った」という。「現時点で、音楽制作ソフトとしてはありえない記録的な本数なので……。むしろ今回の販売本数に気をとられず、新しいシンガーや、操作を分かりやすく解説した本などを充実させて、末永く愛用していただける楽しいVOCALOIDを作っていきたい」
バーチャルアイドルはあと2作展開する予定だ。第2弾はかわいらしくパワーのある声質で、リスナーが元気になるようなアイドル、第3弾はクールなアイドルになる可能性が高いといい、「ニコニコ動画で人気の声優」を起用する可能性もあるという。並行してアイドル以外の企画も展開したいという。
「個人的には、正統派の女声ソプラノ歌手や癒し系歌手、リアルタイム・キーボード演奏にも最適化したソフトなども作っていきたい。最終局面として目指したいのは、カルカヤマコトさんのような、日本人離れした超個性的なシンガーを起用して、音声合成のイメージの限界を超えること。実現には何十年もかかってしまうかもしれないが……」
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