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「顔が見えないから面白い」――ネットで“新撰組実印”を売る店ITは、いま――個人論

» 2007年09月21日 11時23分 公開
[宮本真希,ITmedia]
画像 オリジナルデザインのはんこ

 「人口40万人ほどの和歌山市で、バスに広告を出すよりも、ネットの方がよっぽど多くの人に見てもらえると思って」。和歌山市内ではんこ店を経営する52歳の男性は、ネットではんこを売り始めたきっかけをこう振り返る。

 サイトで売っているはんこは、持ち手のデザインが個性的。織田信長や武田信玄など戦国武将の旗印や肖像画、「誠」の文字をあしらった新撰組デザイン――受注生産で、1つ1つ手作りだ。

 1997年に始めたECサイトは、苦労の連続だった。最初は安さで勝負したが、すぐにライバルが登場。考えた末、デザインを個性的にして“オンリーワン”を打ち出した。

 工夫の繰り返しに終わりはないが、それが楽しいという。「顔の見えない相手に対して商売するのは面白いし、勉強になるから」

「和歌山では出会えない客」に感激

 「店舗をWebサイトで紹介したい」。1997年にサイトを立ち上げたのは、そんな理由だった。サイトではんこを売り出したのも店の宣伝のため。安さを前面に打ち出し、通常2万円から2万5000円する実印を4800円均一で販売した。

 初めて売れたのは店舗でも人気があったピンク色の実印で、京都に住む女性が買ってくれた。そのうち、はんこ屋が近くにないという地方の人から注文が来るようになり、沖縄や北海道など遠方の客も増えた。

 「和歌山で商売しているだけでは絶対出会うことのない他県のお客さんから、注文が来たことに感激した。初めは店の宣伝だけのつもりだったけど、お客さんが全国に広がっていくのが面白くなってきた」

 商品は注文から3日後に届けた。すると「納期が早い」とリピーターも現れた。何度か会社印を購入してくれた三重県の会計事務所は、自社サイトにリンクを貼って宣伝してくれた。

 ポータルサイト「LYCOS Japan」にバナー広告を出したり、2000年からはオンラインショッピングモール「ネットプライスモール」、02年からは「Yahoo!オークション」でも販売するなど、積極的にネット展開。店舗を含めた売り上げの2割をネットで稼いだ時もあった。

ライバル出現が生んだ「戦国武将はんこ」

 ライバルもたくさん現れた。オークションなどで低価格のはんこを売る同業者が増え、売り上げは徐々に落ちてきた。実印を1800円で販売する業者もあった。

 「安さで勝負できないなら、独自商品を作って売ろう」。そう決心し、オリジナルデザインのはんこを作ることに。“歴史オタク”の彼は、織田信長、武田信玄、上杉謙信、坂本龍馬、諸葛亮孔明など好きな歴史上人物の肖像画や旗印をデザインしようと思いついた。

 休日には自宅近くの和歌山城を撮影しに出かけた。その画像を元にペンタブレットで風景画を描き、肖像画と組み合わせるなど試行錯誤した。新撰組をテーマにしたドラマが放送されていた時は、新撰組の「誠」をデザインした実印と印鑑ケースのセットも作った。

画像 手作業ではんこを仕上げる

 デザインはできたが、はんこの側面にプリントする技術がない。考えた末、マグカップなどの表面に写真などを印刷してくれる企業を探し、特別にプリントしてもらった。

 オリジナルデザインのはんこは04年に9800円で発売。完全受注生産で、1本売れればまた次のデザインを考えるという作業を繰り返し、これまで20本ほど売り上げた。「販売数はまだまだ少ないが、勝負はこれから」

顔が見えないから起きるトラブルも

 ある時サイトで行ったキャンペーンで、客とトラブルになったことがあった。相手が実印の値段を勘違いしたことが原因だったが、「サイトに掲載した文章が分かりづらかったから」と反省した。

 その後は問い合わせメールへの返信を何度も書き直してから送ったり、他社サイトに掲載されている文章を研究するなど、メールやサイトの言葉には特に注意するようになった。何度も値引きを要求する客もいたが、メールでやり取りをするうちに“うまい断り方”も分かってきた。

 「お客さんから信用を得られるような、何度も見てもらえるような親切なサイトじゃないと」。こんな思いもあり、サイトには、はんこの歴史や豆知識といったコンテンツや、印鑑を利用する機会が多い銀行や保険業者のリンクなども追加した。

 「苦労して書いたはんこの歴史が、別のサイトにそっくりそのまま掲載されていることもあった。ネットの世界はすぐまねされるから、知恵を絞るのは大変だけど、どうせならオンリーワンを目指したい」

──あなたにとって「IT」とは?

 「自分を磨いてくれる便利な道具。店舗でお客さんに応対する時も、これまでより言葉に気をつけるようになった。お客さんとのメールのやりとりの中で、わがままを言うお客さんに対する“うまい断り方”も学んだ。ネットから学んだことが店舗でのビジネスにも生きてくると考えている」

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