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著作権保護期間の延長、経済学的には「損」 「毒入りのケーキ」が再創造を阻む(2/2 ページ)

» 2007年10月15日 07時31分 公開
[岡田有花,ITmedia]
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画像 ホームズ作品の2次創作は、1970〜1980年代に最も多く書かれたという

 例えば、1944年に発行されたホームズのパロディ集は「パロディ史上最も有名な傑作アンソロジー」とされたが、著作権者の強い反対で絶版に。また、ドラえもんの最終回をファンが創作したパロディ漫画はネットで人気となり、同人誌も1万3000部売れたが、権利者からの要請で発売・発表禁止になった。「のまネコ問題」もその変形版――パブリックドメインのように扱われていたキャラクターを企業が独占しようとした結果、ユーザーの反発を招いて「のまねこFlash」という優れた2次創作物自体お蔵入りさせてしまった例――だと大下さんは指摘する。

 保護期間が20年延長されることは、作品がパブリックドメイン化するまでの期間も20年延長されるということ。自由にパロディを作れるまで、さらに20年待たなくてはならなくなる。「著作権の保護期間中は、優れた再創造ほどその存在を否定されてしまう傾向がある。クリエイターとユーザーの境界があいまいになってきた時代、再創造は制限されるべきではない。保護期間はできるだけ短いことが望ましい」(大下さん)

 関東学院大学の中泉拓也准教授の研究「インターネット時代の著作権制度――再創造のための環境整備」(PDFへのリンク)も、著作権の保護が優れた2次創作の誕生を阻むと指摘する。保護期間が延びると、2次創作の利用許諾を得るために相続人を探すコストも増える上、2次創作物が許諾してもらえない恐れも考慮に入れなくてはならなくなる。その結果、2次創作が行われる可能性が減り、権利者には「権利が有効活用されない」というマイナス効果が返って来る――というわけだ。

「経済学的に不合理」な延長、なぜ欧州では行われたのか

 これらの研究から「インセンティブが見えないのにデメリットは確実にある」(成蹊大学法務研究科の安念潤司教授)とほぼ証明された著作権保護期間の延長。そもそも欧米ではなぜ、70年に延長したのだろうか。

 東京大学大学院 情報学環・学際情報学府の酒井麻千子さんの研究「EUの保護期間延長の事情」(PDFへのリンク)によると、EUが保護期間を70年に統一したのは「EC(当時)域内の単一市場形成を達成するための手段だったとしか考えられない」という。

 ECは1993年までに域内で単一市場を形成しようと急いでいた。その動きの中で、著作権保護期間の不統一――著作者の死後50年の国と70年の国の混在――が問題になっており、長いほうに合わせることで、どの国の著作者も不満なく統一できるよう図った、というわけだ。

 「(50年という短いほうに統一せず、50年から70年に延ばした)EUの政治家は『バカじゃん』と思うかもしれないが、政治家は、政治的影響力の強い文化的エリートの反感を買うわけにはいかなかったのだろう。保護期間延長問題は、経済学的には大差で判定負けだが、政治の世界ではそうはならない」(安念教授)

「著作権登録制」の現実味

 50年、70年の議論と少し距離を置き、デジタル時代にあるべき著作権の姿を改めて考察した研究結果も発表された。情報セキュリティ大学 林紘一郎副学長の「デジタルはベルヌを超える:無方式から自己登録へ」(PDFへのリンク)だ。

 日本の著作権法も、著作権の国際法・ベルヌ条約も、著作物創作の時点で著作権が発生し、登録などを不要とする「無方式主義」を採っている。だがデジタル時代に無方式主義はコスト高だと林さんは指摘する。「無方式主義は、著作物を(書籍やレコードなど)有体物に固定できる時代に提案されたアナログ時代のもの。賞味期限が過ぎている」(林さん)

 ITが発達した今、無劣化のコピーが低コストで大量に複製でき、簡単に拡散してしまう。このため「本物の原本」を証明することは困難。著作者にとっては、他人に著作権侵害されるリスクが高まり、侵害者を探すコストもかかる。著作物を利用する人にとっては、知らずに著作権侵害コンテンツを利用してしまうというリスクを負うことになる。

 これらのコスト・リスクを回避するために1999年から林さんが提唱しているのが、著作者自らが、コンテンツの権利期間を指定・表記し、著作権を登録するという制度。クリエイティブ・コモンズ(CC)に似た形だ。

 「日本の権利者団体などは今、著作物のデータベースを、中央処理型で、しかも安価に作ろうとしているが、それができると思うのが大きな誤解」。ITの専門家としての立場からも、自己登録型・分散処理の仕組みがより現実的だと説く。

著作権はどうあるべきか

 研究発表を受けたディスカッションで、IT・音楽ジャーナリストの津田大介さんは「これまで延長反対派は延長のデメリットばかりを語ってきたが、50年に留め置くことのメリットも提案する必要があるのでは。最も最適な保護期間がどれくらいか議論していく必要もあるだろう」と話す。また「現場のクリエイターにとっては、50年でも70年でも関係ない。プロとして食べていける収入を保障する手段が欲しい」などと訴えた。

 弁護士でクリエイティブ・コモンズ・ジャパン事務局長の野口祐子さんは「延長で著作者のやる気が高まり、文化が豊かになると主張するなら、過去の作品の延長は不要なはず。過去の著作物と将来生まれる著作物とはきちんと区別して議論すべき」と指摘する。

 安念教授は議論の根本を問い直す。「著作権が『ない』とどうなるかを考えるべき。これまでの議論は『クリエイターにお金が回ることで創作を促進する』というストーリーが前提になっているが、それは本当だろうか」

 「最後にお金を取るのは社会的に強い人で、著作権が法的に誰にあるかは、実は大して重要ではない。通常は、情報の伝送路を持っている人が強いが、それは伝送路にコストがかかっていた時代の発想だ。著作権が無意味化することで、かえってクリエイターが本来の報酬を得るという社会が、部分的にでも来る可能性があるのでは」(安念教授)

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