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初音ミク作品の“出口”は 「表現」と「ビジネス」の狭間で(1/2 ページ)

» 2008年03月18日 16時13分 公開
[岡田有花,ITmedia]

 「『初音ミク』という音楽ソフトを出し、ミクのイラストを3枚公開した。それ以外何もやっていないのに、ユーザーさんが盛り上げてくれた」(クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長)

画像 初音ミク作品で最も人気の「みくみくにしてあげる【してやんよ】」の2次創作の広がり(ヤマハ剣持さんが作成した資料より)。3Dのプロモーションビデオが付き、「歌ってみた」と称して自分で歌って投稿する人が続々と現れ、歌詞を鹿児島弁や神戸弁、広島弁などさまざまな方言に変えた「歌ってもらいました」が流行した

 人の声で歌うソフト「初音ミク」が、音楽創作のあり方を問い直している。ニッチな趣味だったDTMを一般に広げ、イラストや動画と組み合わせた創作のコラボレーションも加速。「ニコニコ動画」のような場を活用して無名の素人が作品を発表し、人気作品は着うたやカラオケで配信されるなど、ビジネスにもつながっている。

 ツールやネット環境の進化によって、一般ユーザーが発表の場を手に入れ、手軽に自己表現できるようになってきた。その一方で、素人による創作が、他者の著作権を侵害することもある。作品から無料でもらった“幸せ”をクリエイターに還元する仕組みも、まだ整っていない。

 デジタルコンテンツ協会が3月17日に開いたセミナーで、クリプトンの伊藤社長や、初音ミクのエンジン「VOCALOID2」を開発したヤマハの剣持秀紀さん、同社法務・知財部の戸叶司武郎さん、弁護士の小倉秀夫さん、弁護士の北村行夫さん、コンテンツ投資などを行うシンクの森祐治社長、ニフティ法務部部長の丸橋透さん、NTTぷららで「ひかりTV」を担当する伊藤康之さんが、初音ミクが刺激した創作や著作権制度とのかねあい、ビジネスモデルのあり方について話した。

ミクの声が「壁を突き破った」

画像 戸叶さん

 初音ミクは「人間の声」によって壁を突き破った――ヤマハの戸叶さんは指摘する。「声という技術を作ったら、これだけ多くの人が参入してきた。受動的なユーザーを能動的に変え、能動的なユーザーを活性化した。DTMのすそ野を広げ、頂点を上げた」

 「人間の声」という分かりやすいツールは、楽譜を書けない一般ユーザーにも「自分でも音楽が作れるかもしれない」と思わせ、楽曲制作未経験者への参加のハードルを下げた。以前から宅録(自宅録音)で楽曲制作を楽しんできたDTMユーザーには「唯一作ることができなかった人間の声」(戸叶さん)を提供した。

 「楽器の音はMTRにつなげば録音できるが、歌は防音設備と録音機材が必要。女声の歌を録音したければ、歌のうまい女の子を探して交渉し、ディレクションもしなくてはならない。そういったことが苦手な人に、『ミクを使えば俺でもできる』と思わせたインパクトは、すごく大きかった」

 楽曲を発表すると数多くの視聴者が集まり、コメントなどで反応がもらえる「ニコニコ動画」という場の存在も大きかった。「ネットで自己表現でき、それを見てもらえる環境が整っている」(戸叶さん)

「一般層に売るつもりはなかった」と伊藤社長

 ここまでの盛り上がりは、開発元にとっても想定外。「初音ミクはあくまでVSTi(バーチャルインストゥルメントの規格の1つ)で、DTM層に売るための新しい楽器。一般の人は使わないだろうと思っていた」(クリプトンの伊藤社長)

 だが初音ミクの声と姿のインパクト、ニコニコ動画という発表の場が、旧来のDTM層だけでなく、音楽製作未経験のユーザーや、イラストやアニメのクリエイターまで刺激し、新しい創作をうみだした。

画像 伊藤社長

 ミクをリリースした直後の9月。予想外の盛り上がりを見て伊藤社長は「これはいったい何なんだと思い始めた」という。「音楽ソフトを出し、ミクのイラストを3枚公開した。それ以外何もやっていないのに、ユーザーさんが盛り上げてくれた。うれしかった」

 特に、音以外――イラストやアニメ――の創作は、全く想定していなかった。「動画投稿サイトに楽曲を投稿する際、背景に使ってもらおうとイラストを3枚公開していた。3枚だけでは飽きるだろうと、イラストレーターのKEIさんに毎月数枚新たに描いてらおうと話していたが、それを忘れるくらいの勢いで、ユーザーがイラストを描いてくれた」

ユーザーのボトムアップをビジネスに?

 初音ミクという「キャラクター」が人気を得るにつれ、アニメ化やゲーム化などキャラクタービジネスのオファーがクリプトンに殺到。ゲーム「トリノホシ」のイメージソングを歌ったり、プレイステーション 3向け番組「トロステーション」に参加するなど一部でメディアミックスにチャレンジしたが、多くは断ってきた。「当社は音の会社。キャラビジネスをしようというもくろみは、当初からなかった」(伊藤社長)

画像 ピアプロ

 それよりも、ニコニコ動画で加速度的に盛り上がっている2次創作を支援し、「ユーザーの創発がどんなムーブメントを起こすか見てみたい」と考え、イラストや楽曲、詞を投稿し、お互いの創作物を利用し合うためのサイト「ピアプロ」を12月に公開。黙認していた2次創作を公認するガイドラインを定め、非営利・公序良俗に反しない範囲で自由な創作を認めた。

 「権利をがっちり守ってもうけるモデルは通用しなくなりつつある」と伊藤社長は指摘。ピアプロで、現実に合った新しいモデルを模索したいと話す。

 「ピアプロからの収益はなく、出口も見つかっていないが、ユーザーとのコミュニケーションに解決の糸口が見えるのではないか。ユーザーからのボトムアップをキャッチし、それをテコに収益化していくほうが、可能性があると思う。産業側はユーザーの創作を無視せず、競い合わず、一緒にうまくやっていくことが必要だろう」(伊藤社長)

 「ユーザーからの発信を止めるのは、技術的にもユーザー的にも難しい。DRMだけではコピーは防げず、『2次創作するな』といってもするのがユーザーだ」(伊藤社長)

 同社は、サンプリング用CDやバーチャルインストゥルメントなど音の素材をプロ・アマのクリエイターに売ってきた会社。音楽や動画流通の仕組み作りに関わるのは初めてだ。「映像も音楽も門外漢で、プロでも同人でもない。ニュートラルな目線で、できることにフォーカスしていきたい」(伊藤社長)

ニフティ「MIDIフォーラム」の悲しい過去 著作権処理の問題は

 初音ミクで作成された楽曲は、オリジナル楽曲も多いが、既存楽曲を歌わせたカバー曲も少なくない。「創作は、最初は模倣から入るもの」(ヤマハ法務部の戸叶さん)とはいえ、それが日本音楽著作権協会(JASRAC)管理楽曲ならばJASRACに使用料を支払う必要が出てくる。

 「ニフティは過去に悲しい思いをしている」――ニフティ法務部部長の丸橋透さんは、パソコン通信時代の「MIDIフォーラム」を振り返って話す。

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