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瀬名秀明に聞く「仮想世界」「ケータイ小説」「初音ミク」(1/3 ページ)

» 2008年03月31日 08時45分 公開
[岡田有花,ITmedia]

 現実よりも「リアル」な仮想世界は、あと十数年で実現する。そのとき、わたしたちはどう生きるだろうか――作家・瀬名秀明さんがこのほど出版した「エヴリブレス Every Breath」(TOKYO FM出版、1680円)は、そんな未来と今とをつなぐ、恋愛物語だ。

 Second Lifeよりもリアルな仮想世界に、自分そっくりのアバターが暮らし、恋をする。永遠に生き続ける「もう1人の自分」と、対峙する1人の女性。「SFに興味がない人にも届けたい」――“理系のうんちく”を恋愛小説に仕立てた、と瀬名さんは言う。

 小説は携帯電話にも配信するが「読みにくいだろう」と苦笑する。携帯という小さなデバイスに合った表現は、紙の書籍とは別。改行だらけで泣かせる「ケータイ小説」こそ、ぴったりなのかもしれない。「メディアの形が変われば、表現も変わる」

 SFが描いたバーチャルアイドルのような存在が、ネット上に生まれつつある。「初音ミク」や「THE IDOLM@STER」のアイドルたち――彼女らは、Breathのアバターのような「知能」や「人格」を持ち得るのか。彼女らが知能を獲得したとき、わたしたちは何を思うだろうか。人工知能やロボットの研究者でもある瀬名さんに、そんな話も聞いた。

「リアル」な仮想世界というカルチャーショック

画像 瀬名秀明さん。東北大学大学院薬学研究科在学中の1995年に「パラサイト・イヴ」で作家デビュー。現在は、東北大学機械系特任教授として、ロボットや人工知能などに関する研究や著述を行っている

 「エヴリブレス」は、現在〜約100年後の日本が舞台だ。現実よりも美しい仮想世界「Breath」をベンチャー企業が開発。主人公の杏子は自分そっくりのアバターを作成し、Breathの世界に入り込んでいく。

 現実より美しい仮想世界。決して夢物語ではないという。

 「インベーダーゲームに始まり、ぼくらの世代は、仮想世界のビジュアルがどんどんリアルになる様子を見てきた。Second Lifeのグラフィックはまだ平板だが、十数年もすれば、原子1個1個を制御できる仮想世界が実現するだろう」

 リアルな仮想世界は、意外と近くにあるかもしれない。「同じ写真でも、輝度を変えるだけで、質感が変わる」――杏子が愛する男性・野下洋平は、そんな実在の研究発表によく似た研究に携わり、世界を変えていく。洋平は、写真にしか見えないほどリアルで美しいCGを、ディスプレイに映し出す。

 「輝度というワンパラメーターを変えるだけで質感は変わる。『クオリアは脳科学の難しい問題』などと言われていたが、人間が感じるリアリティは、たったワンパラメータで変わってしまう。Second Lifeの世界にもそのパラメーターさえ入れば、ものすごくリアルになるかもしれない。そういう世界を目の当たりにしたときに、僕らは何を考えるのだろうか」

人間の認識は、現実に縛られる

 ディスプレイの上に、原子レベルで現実世界が再現された時。Second Lifeがもっともっとリアルになった時。それでも「人間の認識は、現実に縛られる」と瀬名さんは言う。

 仮想世界には一般的に、時間と重さの概念がない。建物は朽ちない。人は死なない。

 「Second Lifeに家を建てれば、誰かが壊さない限り朽ち果てることもない。現実世界と別の物理法則を持つ世界。そんな世界がものすごくリアルになったら、われわれはきっとカルチャーショックを受けるだろう」

 Breathのアバターは、本人が操作しなくても「本人がやりそうな行動パターン」を繰り返して生活。現実世界で本人が死んだ後も、生き続ける。

 物心つくころにはBreathが当たり前だった若者――杏子の子ども世代――は、そんな世界を当たり前のように受け入れる。成長してからBreathを知った杏子は、アバターと自分とを切り離し、アバターの“人生”を尊重しようともがく。

「みんな同じ」から「好きな時に好きなこと」の時代へ

 FMラジオ局・TOKYO FMとのタイアップ企画でもあるエヴリブレス。ラジオが現実と仮想世界をつなぐ。

 メディアが変化し、人の生き方も変化する。20世紀前半に最も力を持った「ラジオ」と、21世紀に急速に力をつけつつあるネット。みんなで一斉に同じことをしていた時代から、みんながバラバラの時間に生きる時代へ。

 「ラジオは、全国民に一斉に同じことをさせるのに長けていた。玉音放送を聞いてみんなで涙したり、みんなでラジオ体操をしたり。だがインターネットが発達し、好きな時間に好きなものを見るようになり、同時性がなくなってきた」

 非同期的なインターネットと、同期的なラジオ。「現実と仮想世界で同じラジオを聞いていたら、気持ちがクロスするような瞬間が、あるのではないのか」

仮想世界が広がれば、現実の意味が深まる

 メインの舞台は東京だが、奈良県大和郡山市や沖縄県宮古島、米国も登場する。自分がどこにいても、仮想世界は同じ姿を保ち続ける。

 PCを開き、携帯電話を開き、ネットに接続した瞬間、いつもと同じ画面が見える現代。ネットの向こうが同じだけに、今いる場所の“違い”が際だつ。

 「街の歴史的な背景とは無関係につながるのがネットのすごいところだが、そのせいで、街のたたずまいがより強調されるのではないか」

 5年前、来日した作家のリチャード・プレストンさんに浅草の花火大会を案内した際。浴衣の女性がみんな携帯電話を持っていて、プレストンさんは驚いたという。携帯という現代の共通デバイスが、浴衣という“伝統ある風景”を、かえって際立たせる。

理系のうんちくを、普通の女性に

画像

 仮想世界、パラレルワールド――“理系的”なテーマを、あえて恋愛小説に仕上げた。「理系のうんちくだけではハードルが高いが、恋愛小説ならSFに興味がないような人にも読んでもらえるかな、と思って」。恋愛小説は初めてだ。

 帯には「『パラサイト・イヴ』『BRAIN VALLEY』を世に送り出した異才・瀬名秀明」という惹句。「こういうのは取り払って、『いま、会いにゆきますを超えた!』とか書いてほしかった(笑)」

ケータイ小説は携帯電話に合った書き方

 小説は携帯電話にも配信する。だが書籍を前提に書いただけに「読みにくいと思う」と苦笑する。

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