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「青少年ネット規制法」衆院通過 実効性に疑問、厳格化懸念も楠正憲(2/2 ページ)

» 2008年06月06日 14時41分 公開
[楠正憲,ITmedia]
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 一部の事業者が要望していた違法有害情報の削除に対する責任制限も、今回は盛り込まれなかった。青少年閲覧防止措置に対して積極的な対応をしたいと考える優良な事業者についても、かかる情報を削除した場合に法的リスクが軽減されることはなく、これまで以上に違法有害情報の削除が進むことは期待できないだろう。

 発信そのものが違法とされる情報については、青少年だけではなく大人も含めた誰もが閲覧できないよう削除する必要があるため、青少年健全育成を法益とするネット規制法ではなくプロバイダー責任制限法の改正で措置することも考えられる。また刑事事案と関係した違法情報について、サーバ管理者が勝手に判断して削除することに対して野放図に責任を制限すると、サーバ管理者による安直かつ過剰な削除が横行し、かえって表現の自由を侵害する可能性や、違法性の判断について裁判所の司法権を侵すことも懸念される。時間をかけて慎重に議論すべきで、今回の法案で拙速に踏み込まなかったことは評価できる。

実害はないが実効性が低く、基本計画や法改正での厳格化が懸念

 今回の法案について、全般的に事業者に強制される新たな義務はなく、施行によって業界などで何らかの混乱が起こることは考え難い。逆にいえば法案が通ったことで、青少年の犯罪被害や猥褻(わいせつ)・残虐な情報の流通を防げるかというと、はなはだ心許ない。

 今回の議員立法を機に進んだ民間主体の対策は緒についたばかりで、効果が上がるには時間がかかる。残念ながら今後もネットを舞台にした青少年の関係する事件は起き続けるだろうし、それを指して「民間の自主努力が足りないのではないか」といった指摘がされる公算が大きい。

 本法案は3年以内に見直すと書かれているが、施行後もネットを使った犯罪やいじめが生じた場合、3年を待たず法改正の議論が惹起されることも予想される。新設する関係閣僚会議が基本計画を立てることになっているが、この基本計画に法律に書かれているよりも厳しい措置が盛り込まれる可能性も考えられる。例えば与野党協議を受けて見送った、有害情報の定義について、国として一定の基準を定めて基本計画に盛り込む可能性も考えられる。

 そもそも刑法や警察があっても犯罪がなくならないように、法整備を通じて政府が規制を大幅に強化したところで、犯罪が減るかどうかは疑問がある。ネット犯罪やいじめはネットやケータイを介しているとはいえ、結局のところヒトとヒトの間で起こる問題で、官民で協調しながら地道に対応を模索していくことが現実的だ。

 また、硫化水素自殺やネットでの誹謗(ひぼう)中傷、犯罪や違法薬物、拳銃等の仲介は大きな社会問題となっている。青少年に対するフィルタリングの普及促進に限らず、ネット犯罪に対する警察による取り締まり強化や、司法手続きの迅速化といった、ネット上で横行している違法行為に対する本質的な対応も強化する必要があるのではないか。

 今回の法案はネット上の様々な犯罪や紛争に対して制度的措置を行いつつ、民間主体の対応を推進する大きな一歩となった。ネット犯罪や紛争を減らすことは非常に難しいが、保護者や教師、産官学で問題を共有しつつ、現実を踏まえて建設的な議論を続ける必要がある。今回の法律で重い義務を課されなかったからといって民間事業者も慢心せず、ネット犯罪やいじめなどについて対策を強化している。目にみえて効果が上がるまでに、時間がかかることも予想されるが、現実的な目標を据えて、着実に対策を進めていくことが重要だ。

楠正憲

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 マイクロソフト技術統括室CTO補佐/九州大学 システム情報科学府非常勤講師。

 1977年熊本県生まれ。大学在学中からライターのかたわら、黎明期のECサイト、モバイルコンテンツの立ち上げなどに従事。2002年マイクロソフト入社。Windows Server製品部Product Manager、政策企画本部技術戦略部長などを経て2006年より現職。


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