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著作権保護期間は「金の問題」? 中山信弘氏や松本零士氏が議論(1/3 ページ)

» 2008年10月31日 17時26分 公開
[岡田有花,ITmedia]

 著作権保護期間の延長は「金の問題」か――東京大学名誉教授で弁護士の中山信弘さんや、漫画家の松本零士さんが10月30日、「著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム」(ThinkC)のシンポジウムで意見を戦わせた。

 著作権保護期間については、現行法のまま著作者の死後50年とするか、70年に延長するかについて、文化審議会著作権分科会傘下の小委員会で検討していたが、小委員会は結論を先送りした(著作権保護期間延長「十分な合意得られず」 パブリックコメント募集へ)。小委員会の委員でもある中山さんは「保護期間の延長はどうやら、しないことになるのでは」と見通しを示す。

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 ThinkCは、この問題が浮上した2006年に発足。「安易な延長は避け、議論を尽くすべきだ」と主張し、公開イベントなどで議論を重ねてきた。保護期間延長が実質的に見送りとなったことを受けて同日、保護期間や著作物に関する提言を公表。これまでの活動の集大成として、シンポジウムを開いた。

 パネリストは中山さん、松本さんのほか、小委員会立ち上げ時に文化庁著作権課長だった甲野正道・国立西洋美術館副館長、慶応義塾大学DMC統合研究機構RAでクリエイティブ・コモンズ・ジャパン事務局の生貝直人さん、弁護士の福井健策さん。モデレーターはIT・音楽ジャーナリストの津田大介さんが務めた。

「金の問題ではない」と松本さん

 「著作権保護期間を世界の流れに合わせて延ばすべき」と、松本さんは繰り返す。「世界の大勢が70年ならそろえていただきたい。各国と足並みをそろえ、地球上で対等に活動しやすいようにしてほしい」というのが一番の理由だ。

画像 松本さんは15歳の時から漫画家として税金を納めているという。「18歳からでいいと知った時には後の祭りだった」

 「金の問題ではない」とも繰り返す。「創作家は孤独。冷酷非常な世界で、いつ路傍(ろぼう)に倒れても悔いがない覚悟だ。私も大もうけしていると思われているかもしれないが、激しい赤字のこともある。それはそれで運命。創作者は、自分の作品を多くの人に共有してもらい、ともに生きていきたいという、ただそれだけの思いで創っている」

 ではなぜ延長が必要なのか。“世界標準”に合わせるという点に加え、「遺産を路傍に捨てられたくない」という思いがあるという。

 「家を持っている人がいたとして、50年経ったらその家を誰でも自由に使っていいのか。作品は生涯をかけて残した遺産。自分がくたばったあと50年で保護期間が切れたら、思いもかけない利用がなされるかもしれない」

 その一方で、保護期間が切れても実害はないだろうとも話す。「人の心を信じているので、現実的には実害はないと考えている。保護期間が短くても長くても、作品が誰にも見向きもされず、利用されない可能性もある。それぐらい厳しい世界だが、そこに飛び込んだ以上生涯をかけてそれを働くしか仕方ない」

 松本さんは「金の問題ではない」と強調しつつ、遺族の生活保障についても口にした。

 「『孫や子のため』に保護期間延長を、と言うと怒られてしまう。われわれは金のためだけに働いているわけではないが、人間として生きて仕事をしていて、家族のことを思わない人がどこにいる」

 「漫画家は見下げられてきたし、退職金も年金もない世界で、何の保証もない覚悟で入ったが、子孫のこと、我が子のことはどうしても考えてしまう。自分は遺産とは縁がない“亡国の民”だったが、親から精神的な遺産は受け取っている」

 元著作権課長の甲野さんは松本さん寄りの意見で、「作家の気持ちを考えなくてはいけない」と話す。「著作権の保護期間はこの国の作家にどのような地位与えているかに直結する。『短いと法的地位は低い』と創作者が思うのが当然のことではないか」

「金の問題。リスペクトは関係ない」と中山さん

 中山さんは「保護期間延長問題は金の問題だ」とばっさり斬る。「保護期間延長派からは『金ではなくリスペクトの問題』という主張が強かったが、それは著作権法の構造をまったく理解していない。保護期間延長問題にリスペクトが絡んできたのが不幸の始まりだ」

画像 中山さんは3月に東京大学を退職。「新米弁護士になりました」と弁護士バッジを見せた

 「著作物のリスペクトは、(延長問題が絡む著作財産権ではなく)著作人格権の問題だが、人格権はそもそも著作者をリスペクトしろとは言っていない。リスペクトを規制する法律はありえない。しかも人格権には期限がない」

 「保護期間延長問題はもっぱら金の問題で、独占的利潤を挙げられる期間を延ばすかどうかだけの話。延ばした方が多くの創作がなされるか、それとも著作物の利用・流通が阻害されるかという。そこにリスペクトを持ってくるとこんがらがって収拾がつかなくなる」

 「シェークスピアも紫式部も森鴎外もリスペクトを集めている。作品発表と同時に軽蔑されるクリエイターもいる。それは作品と受け手の問題で、法律が関与すべきでない」――中山さんは繰り返す。

 保護期間延長問題について、延長派と慎重派の議論がかみ合わなかった背景には、著作権法に対する無理解があったと中山さんは指摘する。

 「著作権法への期待が大きすぎたのではないか。著作権法はそんな大したもんじゃない。創作へのインセンティブの1つで『これさえあれば万々歳』というものではない」

“世界標準”に統一すべきか?

 「世界標準に合わせるべき」という主張についてはどうだろうか。「世界で保護期間が異なるから困る、という話は審議会でもよく聞いたが」――中山さんは反論する。

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