「紙の漫画雑誌の立ち上げを本気で勝負できる最後の数年に間に合ったのが、good!アフタヌーンかもしれない」
漫画雑誌不況が続いている。出版科学研究所の調べによると、コミック誌の販売額は1995年をピークに右肩下がりだ。
そんな状況で、新創刊されている漫画雑誌もある。講談社が昨年11月に創刊した「アフタヌーン」増刊「good!アフタヌーン」(隔月刊)がその1つ。フィギュア付きで販売した創刊号は10万冊。漫画雑誌の創刊号としては異例の重版がかり、8000冊を増刷した。
雑誌不況の時代になぜあえて、漫画雑誌を新創刊したのか。編集チーフの金井暁さん(38)は「旧世代の漫画雑誌屋の最後の冒険だ」と話す。
「出版不況の中で新しい雑誌を作るのは無謀と言われたこともある。来年以降、紙媒体で新雑誌を出すことが『バカじゃない?』と言われる時代が来るかもしれない。だが旧世代の漫画雑誌屋の“最後の冒険”として、紙で遊んでみたい」
漫画雑誌は厳しい状況が続くが、単行本の売れ行きは堅調だ。これを見て同社は昨年、「単行本が売れる漫画雑誌作り」に取り組んだ。雑誌は「漫画のカタログ」として作品の魅力を伝え、単行本の売り上げで投資回収するという考え方だ。その結果生まれた雑誌の1つがgood!アフタヌーンだった。
単行本のプロモーションだけを考えるなら、紙の漫画雑誌を新たに作る必要はなかったかもしれない。Webで漫画を無料や低価格で公開して知名度を上げ、単行本で回収する――というモデルも考えられる。だが、漫画業界の商習慣上、それをすぐに実現するのは難しかったという。
漫画家の原稿料は通常、漫画雑誌の売り上げから支払う。単行本は原稿料なしで、印税のみを作家に支払うのが一般的。雑誌をなくしてWebで無料公開すると、漫画家に支払う原稿料の出元がなくなってしまう。
加えて「紙の漫画世代」の意地もあるという。「紙の雑誌は“反エコ”だろう。だが紙の質感や、インクで紙に刷られている状態が好きという作家さんに多く参加してもらっていると思う。『地球にゴメンナサイをしても大事に取っておきたい』と思ってもらえるものを提供できれば」
漫画雑誌は「少年誌」「少女誌」「青年誌」「BL誌」など、ターゲットや読者層を設定し、漫画家はそれに合わせて作品を作るのが通常。アフタヌーン増刊のコンセプトもさまざまに検討し、「猫耳アフタヌーン」「萌え萌えアフタヌーン」「スポーツアフタヌーン」「BLアフタヌーン」など、王道雑誌の“すき間”にターゲットを絞ったものも考えた。
だがgood!アフタヌーンはコンセプトやターゲットをあえて取り払い、漫画家と編集者が本当に作りたい物を作る雑誌にした。「もともとアフタヌーンは何でもありだった。増刊でターゲットを狭めるのではなく、アフタヌーンの枠を外し、ターゲットを広げたいと考えた」
みんなが知っている漫画――「ドラゴンボール」のような漫画を、もう一度作りたいという思いもあった。「漫画は、漫画好きの人が読むメディアになっている。そんな時代に出発した漫画雑誌だが、できるだけみんなに読んでもらいたい」
金井さんは編集部ブログ「編集チーフの真夜中の事情」を毎日更新。本名も顔写真もさらけ出している。ネットはそれほど活用しないタイプで、ブログを始めるのも「恐かった」という。編集業務は忙しく、更新の負担は小さくない。
それでも踏み切った。「作り手の顔も見えず、あいさつもないまま何の前触れもなく新しい漫画雑誌ができても、僕だったなら絶対買わないだろう」と考えたからだ。
「『こういう雑誌を作っています』と肉声に近い形でごあいさつするには、ブログしか思い付かなかった。コンテンツの“製造者”として責任を持ち、製造現場を誠実に、赤裸々に伝えたい」。例えるなら、スーパーで売っている野菜に、生産者の名前や顔写真が載っているようなイメージだという。
「出版社は売ったら売りっぱなしになりがちだが、売れたらお礼を伝えられるツールがほしかったし、休刊したら(ブログを書いている)『こいつが一番の悪人』と分かる」
創刊が決まり、漫画家に執筆を依頼した際に「どこまで本気?」と疑われたこともあった。漫画雑誌は休刊・廃刊ラッシュ。創刊しても売れない雑誌が少なくない状況で、「本気を証明するのが難しかった」。ブログで自らの思いを公表することで、漫画家に本気を伝えたいという思いもあったという。
編集部は「アフタヌーン」「モーニング」「イブニング」の混成で、それぞれの雑誌の仕事をしながらgood!アフタヌーンも編集している。連載している作家には多数の連載を抱える人気作家も多く、「かなり無理をしてもらいながら」作品を提供してもらっているという。
創刊号は好調で重版をかけたが、それでも「見つけるまでに書店を何軒もはしごした」「手に入れられなかった」という声が編集部に届いたため、Webで期間限定で無料公開することに決めた。
作品を公開していいかどうかは漫画家にそれぞれ打診。無理強いはしなかったというが、藤島康介さんと野中英次さん以外は全員OKだった。公開から12時間で、サイトへのアクセスは約1万件あったという。
紙雑誌の編集者として、Webは脅威に感じているという。「旧来の漫画は、漫画家が原稿を描き、編集部、製版所、印刷所、製本所、取り次ぎ、運送屋、本屋を経由してやっと読者に届くが、Webだと一発で読者に届くし、読者の反響をダイレクトに得られる。紙はどうしても分が悪い」
紙で最後の勝負をかけながらも、漫画がWebやそれ以外のメディアに載る時代も見据える。Web専用のコンテンツ提供も計画しているという。
「将来は、good!アフタヌーンという名で紙の雑誌もWebサイトもあり、好きな人のためのプレミアムとして単行本が出る、という形になるかもしれない。さらに未来には、脳にケーブルが直結して作品を楽しむ時代が来る可能性もある。最終的には、作品やキャラが人の心にプリントされれば、媒体は何でも同じかもしれない」
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