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Web、はてな、将棋への思い 梅田望夫さんに聞く(後編)(2/3 ページ)

» 2009年06月02日 15時23分 公開
[岡田有花,ITmedia]

 僕は知り尽くしているんです。アメリカに行っても難しいことを。社長が日本を離れた時に残った日本がどうなるかとか、1人でアメリカに来て英語圏で留学もしていない人間がサービスを開発して自分より優秀な人間を雇えるかというと、雇えるわけないよね。そんなことは彼が来る前から分かってるんだけど。

 僕は彼とそんな話もしますよ。でも彼は「本当かな」と言うんだよ。すべてを疑うということだよね、彼のアプローチって。

 僕が「シリコンバレーに来い」と言ったから、来たんじゃないかと思われている人が多いみたいなんだけど、彼が来たがったんだよね。彼が自分の目で、自分がどう通用するのか、シリコンバレーというのはどうなんだ、強いところ、弱いところはどうで、自分は何ができるんだと。

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 でもそれは僕の専門。だから、「わたしは空っぽで、梅田さんの言うところを全部理解します」という取締役と社長の関係なら、僕が彼に2時間説明して、「分かった、じゃあ行かない」ということになってもぜんぜん不思議じゃないんだけど、彼はそういう人間じゃないんだよ。だから僕は好きなんだよね。自分にないものを持っているから可能性に期待している。

 僕は彼のやってることをずっと見てきましたけど、「こうやって時間かけてやっていくんだな、それをずっとやってると、一生って有限だからさぁ」とも思う。彼の良さと、「これは世の中でこういうことになっている、公式なんだよ」ということを受け入れる度合い、スピードみたいなものを、彼がどう学んでいくか。

 学んだからいいっていうんじゃないんだよ。そうでないことが、彼を彼たらしめているわけだしさ。

 だけど納得したから、近藤はもう、シリコンバレーに行きたいと言わないし。

 要するに、30歳まで日本に住んでしまった人間は、世界に行って大きなことをやりたいと思ったら、日本に組織を作って、時間をかけて鍛えて、新しいものを生み出すしかないと。そこに彼なりの挫折感があったのか、納得感なのか、それは彼に聞いてみないと分からないけど。

近藤社長のような人が、ブレイクスルーを生む

 近藤がアメリカに行ったことに対して、「自分探しの旅」という批判も書かれているけど、そういう紋切り型の言葉で彼を評したくないんですよ。すごく不思議な人なんだよね。自分にないものをたくさん持っているから期待している。

 ほかの人は分かるんだ、いろいろと。だから自分が手伝わなくていいなと思うんだけど、彼だけはいつも驚かされていますよ。でも相変わらずそこからまだブレイクスルーが生まれてないからデカいことは言えないんだけど、こういう人がブレイクスルーを生むんだろうなと唯一思うのは、彼は、納得するまで時間がかかるんだ。

 彼に会うと僕はいつも「元気か?」と聞くんだけど、いつも元気なんだ。彼にも相談ごとはいろいろあるんだけどさ、元気かな、と思うと目をキラキラさせながら、僕が「全然うまくいかないだろうな」と思うよなアイデアを話してくれたりしますよ。

――ところで、近藤さんと羽生さんに共通点はありますか?

 全然違うね。抜きんでている何かを持っているという点では共通しているけれど。全然格が違うね。羽生さんは日本で一番優れた、日本で一番貴重な人だと思うからね。

――近藤さんはまだそこまで行けていない、と。

 当たり前でしょう(笑)。そんなことを言えば近藤が笑うよ。

新刊は「僕個人の幸福に関わる」

――「シリコンバレーから将棋を観る」は将棋界から衝撃を持って迎えられていると聞きます(同書には、梅田さんがWebに執筆したリアルタイム観戦記を掲載。梅田さんの将棋に対する見方やWebの活用法が、将棋界に新たな風を吹き込んでいる)。同書が将棋界に与えるインパクトをどう考えていますか。

 僕自身はまだ、よく分からない。この本には、羽生さんが感想戦(対局後に盤面を最初から最後まで再現し、善し悪しを協議すること)で、「将棋終了直後は何が何だかよく分からないんだ」と言っているんだけど、心境は近くて。

 僕は将棋の世界のアウトサイダーだから、この本を見て、「何か新しい将棋の世界に新しい可能性を」と言ってくれる人がいるのは知っているんだけど、どういう意味があるのかとか、そういうことはよく分からない。

 この本は、僕個人の幸福に非常に関わる本なんですよね。ファーストプライオリティとして将棋界を何とかしてやろうという思いは一切ないしさ、非常に個人的な幸福に関わる本で、だからそのインパクトがどう出るかはよく分からないんだけど。

 1つ言えるのは、将棋界の人たちは本当に将棋だけをやっている人たちなんだよね。本当に将棋を愛して、将棋を指している人、その周りで仕事をしている人、そういう人たちがみんな「この本は良かった、ここで書かれているような方法で自分たちも何かやろうかな」と言ってくれている人が多い。

 僕が今までやって来た経営コンサルティングの仕事以上に、将棋の世界に対して、何か相乗効果みたいなものをもたらす可能性もあるかもしれないな、と。

 英訳や仏訳プロジェクト(梅田さんが、「シリコンバレーから将棋を観る」を翻訳してWeb上にアップすることを自由と宣言したところ、有志が短期間で英訳して公開。仏語版プロジェクトも進行している)も、僕が想像するところを超えた、将棋への愛情とか日本文化を世界にという情熱が集まってきた。たまたま僕が本を出し、翻訳OKと提案したら、そういうエネルギーが集まってきた。

 「だからどうなんだ、じゃあグローバルにこれ(将棋)が普及するのか」というとぜんぜん分からないよね。たかだが1冊の本がつたない英語で翻訳されただけで。ただ、可能性みたいなのは提示した。それによって何がどう変わるかは分からないですよね。

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