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幼稚園児も“ボカロP”に? 聴き手を作り手に育てるために――専門知識ゼロで作曲できる「ボカロネット」の狙い

» 2014年10月31日 14時00分 公開
[山崎春奈,ITmedia]

 初音ミクを筆頭に、PCで歌声を作れるツールとしてここ数年で定番となったVOCALOID。楽曲制作のハードルを下げたとはいえ、それでも専門知識のない多くの人にとっては手軽なものとは言いがたいのが現状だ。

 「リスナーは増えた、次はもっと多くの人に作る楽しさを」――ヤマハがこの夏公開した「ボカロネット」は、歌詞を打ち込むだけで自動で作曲し、VOCALOIDが歌い上げてくれるWebサービスだ。

photo ボカロネット

作曲のハードルを“究極まで下げる”

photo 多種多様なVOCALOIDソフトウェア。中には自社開発のものも

 VOCALOIDは、ヤマハが開発した歌声合成技術の総称。この技術を元に「初音ミク」をはじめGACKTさんの声を使用した「がくっぽいど」、クラウドファンディングで制作資金が募られた「東北ずん子」など多数のソフトウェアが作られており、それぞれの個性を生かして楽曲がネット上でも日々公開されている。同社は3年ほど前から技術提供だけでなく自社でも製品を開発し、技術としてのVOCALOIDだけでなく、文化としての広がりや普及にも務めている。

 ボカロネットおよびVOCALOID製品全般の開発を率いる、yamaha+推進室VOCALOIDプロジェクトの剣持秀紀さんは「VOCALOIDの本質はアマチュアが世界中に自分の曲を提供できること。リスナーとして楽しむ人が増えた今、次はクリエイターの層を厚くしていきたい。楽曲制作のハードルを“究極まで下げる”ことを考えたのがボカロネット」と熱く語る。

 VOCALOIDに親しむユーザーは若年層が多く、ソフトウェアは決して気軽に購入できるものではない。まずは曲を作る楽しさを伝える場所が必要、「もっと本格的に作りたい」と興味を持ってもらう前段階のステップとして提供しよう、というのがコアとなるコンセプトだ。

歌詞を入れるだけでオリジナル曲が

 サービスの核は歌詞を入力するだけで歌声と伴奏を自動作曲する「ボカロデューサー」。ログインしてすぐに表れる「カンタンモード」の場合、4行に分けて歌詞を入力して「作曲開始」を押すだけですぐに最大8小節の楽曲が誕生する。

photo 「カンタンモード」は歌詞を入れるだけで終了

 PCはもちろん、スマートフォンのブラウザからも利用できるのも、思いつきを書き留めるような感覚で作曲してほしいと手軽さを意識したゆえの特徴だ。会話やコミュニケーションの糸口としても使ってほしいとし「打ち込んだ文字がそのまま歌になる――例えば、飲み屋やイベントでナンパツールとして使っても楽しいと思いますよ(笑)」(剣持さん)。

photo 歌声選択。聞き比べるだけで楽しい
photo 選べる伴奏スタイルの一部。「フレンチ50年代」「モダン16ビートバラード」など細かく100種類以上

 「ノーマルモード」では歌声やメロディを選択し、もう少し詳しくイメージを指定して作曲できる。無料会員は「女声」「男声」「ガチャッポイド」「Chika」(期間限定)の4種、プレミアム会員(月額500円・税別)であれば同じ「女声」の中でも「標準」「少女声」「ハスキー声」「ロボ声」などのバリエーションを含む計22種類から選べる。

photo 取材中にボカロデューサーに何やら打ち込みはじめた剣持秀紀さん

 歌声を決めたら次は伴奏制作へ。まずはメロディテイストを「明るい」「悲しい」などから選び、伴奏スタイルを「ポップ&ロック」「ダンス」「ラテン」などの大ジャンルの中から指定する。各ジャンルの中からさらに細かく「ハードロック」「アンプラグド」「スカンジナビアンカントリー」「ボサノバ」など100種類以上(プレミアム会員の場合)から選択できる。伴奏音源の元データはヤマハの音響スタッフが制作しており、週に2〜3個のペースで追加しているという。

 打ち込まれた歌詞の音節数などを解析し、テンポなどを整えて自動でオリジナル楽曲が生成される。歌詞を決め、イメージを選ぶだけで楽譜を書いたり音を打ち込んだりすることなく“作曲家”になることができるのだ。「これだけ種類があると、結構イメージに近いものができて楽しい。多分自分が1番のヘビーユーザー」と笑いながら、剣持さんは出来に自信を見せる。

すでにボカロを楽しむ人にも

photo iOSアプリ「iVOCALOID」と連携。ボカロネット上で作った曲をすぐに開いて編集できる

 初めてVOCALOIDに親しむ人でなく、すでに楽曲制作をしている人に向けた機能も用意する。プレミアム会員であれば制作した楽曲データを歌声、伴奏(MIDI)、ミックス後のオーディオデータ(MP3)と分けてダウンロード可能だ。あとからソフトで編集もできるため、ラフ案として楽曲の骨子をボカロデューサーで考えて、手元のソフトでもっとブラッシュアップするという使い方もできる。

 もう1つのクリエイター向け機能が「ボカロストレージ」。楽曲編集ソフト「VOCALOID3 Editor」、iOSアプリ「iVOCALOID」など既存のソフトウェアと連携することで、歌声や伴奏のデータをダウンロード(無料会員も可)したり、5Gバイトまでの楽曲データをクラウドに直接保存できる。ボカロデューサーを使わない場合も、楽曲を管理するツールとして便利に使ってもらえるはず――という。

photo VOCALOIDプロジェクト主任の中山智量さん。お気に入りの伴奏スタイルは「ドラムロールが気持ちいいUSマーチ」

 ボカロデューサーで制作した曲は、お金をとらなければ商用・非商用を問わず2次利用OK。誕生日や記念日のお祝い、歴史の勉強の語呂合わせ、生放送番組のジングル、など可能性は広がる。「スーパーの鮮魚コーナーでパートのおばちゃんが作った手作り『お魚ソング』が流れたりしたら楽しいじゃないですか」(剣持さん)。

 裏側のシステムはヤマハ、Webサイト構築はアピリッツが担当し、いかにシンプルに操作できるかを主眼において1年以上かけて開発に取り組んできた。サービス開始から2カ月弱の9月末時点で会員数は1万人を突破。歌声の種類、伴奏などを今後さらに充実させるほか、VOCALOIDに関わるクリエイタープラットフォームとして機能拡張も予定しているという。

 「トップ層のプロが支えるだけではシーンは盛り上がっていかない、常に新しいアマチュアが入ってくる環境を作らなければ。極論を言えば、幼稚園や保育園で“ボカロP”が生まれてほしいくらい。音楽を作ることを特別な趣味ではなく、もっと当たり前にしたい」(剣持さん)

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