ヤマハの最新バーチャルシンガー「VOCALOID4 Library Sachiko」は、声を提供した大御所演歌歌手・小林幸子さんにそっくりな歌い方が特徴だ。これまでのVOCALOIDとは一線を画すこの技術はどういう仕組みなのか。「ラスボス」小林幸子さんが主役となった発表会でヤマハの担当者に聞いてみた。
VOCALOID4から登場したデータベースとしては、Cyber Divaに次ぐ2番目。日本語バーチャル歌手としてはトップを切ることになったVOCALOIDが「Sachiko」だ。石川克己VOCALOIDプロジェクトリーダーは、「新しい試みでチャレンジングだが、とてもいいものができた。今回の幸子さんのライブラリはヤマハとしても会心の自信作」と話す。
きっかけはテレビ番組から。NOTTVのボカロ番組「ボカロ生活(仮)」の司会をしていた小林幸子さんに「VOCALOIDの父」剣持秀紀さんから「サチコさんのボーカロイドを作りたいと思ってるんです」と話をもちかけられ、「わたし、ミクちゃんになるんですか?」「そうです」とスタート。
1964年にデビュー、ツインテールの10歳の少女時代から50年以上の芸歴を持つ小林幸子さんだけに、通常のレコーディングならば時間をかけても声がかすれることはないのだが、それでもVOCALOIDのレコーディングは大変だったらしく、収録の翌日は喉がカラカラになるほどだったという。通常の「中の人」の場合、レコーディングの大変さで話が終わるのだが、Sachikoの場合にはさらに仕掛けが用意されている。
だれもがその歌声を知っている小林幸子さんの場合、「クリエイターがどうしたらハッピーになれるか、コンセプトを考えた」と、開発担当者であるヤマハの吉田雅史さん。これまでにも「神調教」と呼ばれる、人間らしい、人間を超えたVOCALOIDの歌を作り上げるボカロPはおり、苦労すればそれなりのレベルには到達できるかもしれない。しかし、その敷居はとても高い。そこで導入したのは簡単に「小林幸子の歌い方」ができるツールだ。
それがSachikobushi(幸子節)というプラグインだ。VOCALOID3から導入されたスクリプトベースのプラグイン「Job Plugin」を使うと、歌った人の歌い方を真似る「ぼかりす」やアイドルっぽい歌い方、ロボ声といった、さまざまな歌唱手法が可能になる。
Sachikobushiは、Sachikoにバンドルされる専用のプラグインで、ほかのVOCALOIDでは使うことができない。なぜなら、そこには「歌手・小林幸子の歌い方」がデータ化されて収められているからだ。小林幸子さんの歌い方、節回しなどを深いところまで表現できる仕組みが用意されている。
ヤマハはこれまでにレコーディングされた小林幸子さんの歌唱音声データを入手し、徹底的に研究し、その成果をファイルに集約した。
これが、Sachikobushiのフォルダの中身だ。この中のhts_engine_APIというファイルは、SinsyやCeVIOで使われている、VOCALOIDとは別の歌声合成方式であるHMM(隠れマルコフモデル)方式の、名古屋工業大学で開発されたオープンソースの音声合成エンジンなのである。
SinsyもCeVIOも、「中の人」が数十曲を歌ったデータからその特徴をモデリングし、「こういうメロディーを歌うときにはこのように表現する」と計算して歌声にする。ただ、これはVOCALOIDなので、歌声をこのエンジンで出すことはせず、音高(PIT)と音量(DYN)の2つのデータだけを取り出す。
HMMの「中の人」として「小林幸子モデル」が入っていて、人が歌ったピッチや音量に従い、VOCALOIDのデータベースに合わせて自動的に「調教」する「ぼかりす」の代わりに仮歌をうたってくれるようなイメージだ。
音符を置いていくだけのベタ打ちしたメロディーに、このSachikobushiを適用したところ、小林幸子さんは「わたしの声だけど、歌ってるわけじゃないけど、歌ってる。そこが不思議だなあ」と複雑な表情。
VOCALOIDデータベース自体の作業とSachikobushiの開発は並行して進められた。両方を組み合わせることで最良の効果を出せるようになっており、データベースの音素を単独で発音した場合には癖が強いが、Sachikobushiと組み合わせることで、より小林幸子さんらしい歌唱になると、吉田さんは説明する。このプラグインは他のデータベースでは動作しないようロックされているが、実際に使ったとしてもちゃんとした効果は出せないそうだ。
自分でもSachikoを購入し、Sachikobushiの実力を試してみた。
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