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DTMの夜明けを告げた「ミュージくん」とPC-9801がいたあの頃立ちどまるよふりむくよ(2/2 ページ)

» 2016年07月04日 21時35分 公開
[松尾公也ITmedia]
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そしてMT-32は残った

 そんなPC-9801(きゅーはち、キュッパチという人もいた)の時代だったが、音楽、グラフィックスなどクリエイティブな人たちはMacintoshへの移行を徐々に果たしていく。「Macが使える」というのは、転職・就職のときのセールスポイントとなったのだ。ぼく自身もMacintosh Plusを買って使えるということで、ソフトバンクに入って現在に至るわけだ。使い始めた理由が、ミュージくんのデータがPC-9801じゃいっぱいいっぱいでMacじゃないと続きができないから、であったとしても。

 MT-32にはまだ魅力があった。マルチティンバー。いまでこそ、1つの音源で複数の音色を同時に出せるというのは常識だが、当時は非常に珍しかった。そうでなければ、ピアノ音源、ベース音源、ドラム音源、シンセサイザー音源、オルガン音源、ギター音源など、使用する音色毎に音源モジュールを購入しなければならない。第3回で紹介したAMDEK CMU-800はマルチティンバーの走りとはいっても、非常にシンプルなピアノと、ベース、ドラムと、矩形波だけのメロディーで、リアルなバンドの音を出すことは難しかった。

 しかも、MT-32の音は、当時ローランドがブイブイ言わせていた最新デジタルシンセサイザーD-50の直系であった。D-50はLA(Linear Arithmetec)という方式で、PCMのようなリアルな音を出せた。PCMの素片をアタック部分に使い、それ以外は従来のアナログ方式のシンセサイザーのような仕組みを組み合わせるという、FM音源と比べると音作りがやりやすいということが売りだった。

 ローランド創業者の梯郁太郎氏の伝記では、FM音源の生みの親であるスタンフォード大学のジョン・チャウニング博士を訪れたが、その半年前にはヤマハとの契約が決まっており落胆した話が書かれている。1983年のDX7からD-50登場までの4年間は営業の士気低下が感じられたほどだという。

 田中雄二氏の名著「電子音楽イン・ジャパン」では、ローランドの製品開発に関わっていたゴダイゴのミッキー吉野氏が「アタック+芯+影」という要素での音作りを提案していたことがLA音源に結びついたと指摘している。

 MT-32という名前は、マルチ・ティンバー、複数の音色が最大32同時発音できる、という意味でもあった。LA音源ではパーシャルという単位の音の素片を組み合わせるもので、複数のパーシャルを使う場合には同時発音数が32より少なくなってしまう。それでも、自由にパートを組み合わせることが可能なので、金欠の宅録派には当時最高の音源だったのだ。

 ローランドでは、MT-32の取扱説明書をPDFでダウンロードできるようにしているのがすばらしい(ちなみにMC-4もある)。

photo エレキギターの音色は2個で、クリーンなものしかない
photo オケヒットがあるのでイエスの「ロンリーハート」ができるが、パーシャルは4つも使う
photo ドラムの定位

 このMT-32で長々作っていた曲が、カセットテープに残っていた。データではなく、ミックスダウンしたもので、ミュージくんのデータそのものではない。MIDIデータでエクスポートしてMacのPerformerに引き継ぎ、なんとか完成させたものだ。

 ボーカル入りのその曲をインストのままで公開するのもちょっと気が引けるので、2016年の自分の歌声を追加して公開してみた。

 カセットテープの音がよれよれでノイジー、ギターの音がしょぼい、ボーカルが声ひっくり返ってるじゃないか、そして初期の通信カラオケみたいな「テラMIDI」と言われるかもしれないけど、実際にこのMT-32のマルチティンバーがGM、GS、XG音源につながっていったわけでして……。

 ともあれ、1988年からの仕掛品をようやく完成させたので、ぼくも安心して天国への階段を登れそう。

君たちが望めば戦争は終わる

 と、ここで終わりにするはずだったが、こんな映像を自分のホームムービーから見つけてしまった。1988年の我が家を映したものだ。

 ミュージくんの画面が映っているんだけど、この部分だけ無音になっていて、何をやってたんだかわからなかったものだ。音声だけをエクスポートし、Audacityで正規化してさらにノイズ除去を行うと、ミュージくんを使ったことを忘れていた楽曲が流れた。

 ジョン・レノンの「Happy Christmas (War Is Over)」を、ミュージくんに入力し、再生していたのだ。

 妻がホイップをひねってクリスマスケーキをつくり、ぼくが髪にクリームがついているのを指摘したりというのも、28年ぶりに知ることができた。

 妻との想い出が1分39秒だけ増えた。これもDTMのおかげだ。

photo そうか、公式写真も同じくPC-9801VXだったんだね
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