興行収入25億円、観客動員数190万人突破――アニメ映画「この世界の片隅に」が快進撃を続けている。日本アカデミー賞 最優秀アニメーション作品賞など映画賞も総なめし、全国でロングラン公演中だ。
「ヒットの要素が見当たらない」。企画段階で業界のプロたちにこう評価され、資金調達は激しく難航。当時まだ珍しかったクラウドファンディングを活用し、制作にこぎ着けた。「一般の人々という“エンジェル投資家”によって完成に導かれた。一種の市民映画だ」。プロデューサーの真木太郎さん(ジェンコ代表)はこう話す。
クラウドファンディングで集めた資金は約3900万円。国内の映画クラウドファンディング史上最高額だ。支援したファン3374人は“宣伝隊長”となってSNSで評判を拡散し、ヒットを後押ししてくれた。
クラウドファンディングによる映画制作の成功例として語られることも多い同作だが、「クラウドファンディングで映画を作るのはとてつもなく難しく、続く人がいない」と真木さんは言う。なぜか。
「この世界の片隅に」は、漫画家・こうの史代さんの代表作を原作にした映画で、太平洋戦争中の1944年、18歳で広島・呉に嫁いだ主人公「すず」の生活を描く。
監督を務めた片渕須直さんは2010年ごろから構想を温め、広島を何度も訪れるなど企画を進めていたが、スポンサー探しに難航。真木さんが参加した13年時点で、資金調達のめどはまったく立っていなかった。
「SFやファンタジーなど分かりやすいアニメではなく、戦時中の日常を描く作品で地味だったから」。その理由を真木さんはこう語る。
スポンサーのめどが立たないまま制作を始めることになり、クラウドファンディングに目を付けた。真木さんは以前からクラウドファンディングについて勉強しており、「いつか使ってみたい」と考えていたという。
クラウドファンディングで調達した資金を、作品のパイロット映像制作にあてることにした。「紙のプレゼン資料では魅力が伝わりづらい地味な映画でも、パイロット版で動く映像を見せられれば『良い映画だ』と伝わりやすく、スポンサーが乗ってくるだろう」と考えたためだ。
支援者への返礼(リターン)はどうするか。映像物のクラウドファンディングでは当時、作品のDVDを返す例が多かったが、完成していない映画のDVDをあげる約束はできない。「最大のリターンは映画を作って見せること。なるべく多くのお金を映画に回すことで支援者の気持ちに添おう」と、低コストながら喜んでもらえ、作品が完成するまで応援してもらえそうなリターンを考えた。
用意したのは4つ。(1)制作の進ちょくを伝えるメールが届く「制作支援メンバー会員」になる、(2)こうの史代さん描きおろしイラストつきの「すずさんから手紙」が届く、(3)片渕須直監督を囲むミーティングに参加できる、(4)本編のエンドロールに名前をクレジットする――だ。支援額が2000円(税別、以下同)なら(1)(2)が、5000円以上なら(1)(2)(3)が、1万円以上なら(1)(2)(3)(4)がもらえる。
目標金額は2000万円。映画の入場券は大人1人1800円。それに200円足した2000円を1万人が支援してくれれば――と計算した。クラウドファンディングサイト「Makuake」では当時、大型の資金調達の成功事例が少なく、担当者には「500万円にしてはどうか」と言われたが、「500万円では意味がない」と2000万円で強行した。
「すずさんの生きた世界を一緒にスクリーンで体験しましょう」――2015年3月、「Makuake」に掲載した募集ページには監督自身による熱いメッセージを掲載。見た人の心をとらえられるよう、文章は何度もブラッシュアップしたという。
資金が集まったスピードは予想外だった。開始わずか8日後に目標の2000万円を突破。最終的に3374人から3912万円もの支援を集めた。
1人当たりの支援額も予想外だ。最少額の2000円を支援したのは1000人足らずで、1万円以上が2000人を超えたのだ。1万円以上支援すれば、エンドロールに名前が載る。完成した作品のエンドロールには、2000人以上の名前がずらりと並んだ。圧巻だった。
「1万円出してくれるのはせいぜい100人ぐらいではと考えていた。エンドロールに2000人も載せることが分かっていれば絶対やらなかった」と真木さんは苦笑。「当時はクラウドファンディングの認知度がまだ低く、支援してくれる人はかなり“濃い”人だったことが、高額の支援につながったのでは。クラウドファンディングにより、お金だけでなくファンの熱量を手に入れられた」と振り返る。
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