後で分かったことだが、平井氏、実はオーディオ、カメラ、自動車と、映像機器は趣味ではないようだが、男の子が好きな趣味は一通りこなしてきた上で、大学時代にはディスコ音楽をかけながらノリノリの場を演出するなど、“趣味”と“遊び”に対しての感度が極めて高い人物だった。だから、実際にはソニーの本業であるエレクトロニクス製品についてもこだわりや、それなりに造詣の深い部分もあったのだが、そうした自信はあっても決して過信はせず、「僕よりあなたの方が詳しいでしょうから」と一歩下がる。
平井氏は自分がどういう人間で、どういう経験をしてきたか――他人との距離感も含め自分を客観視し、俯瞰的に見る能力に長けている。だから、リーダーシップを取れるだけの能力と強い意志を持ちながらも、決して“俺はすごい”というオーラを出さなかった。
一方で製品の細かな部分にも興味を持ち、消費者目線でのこだわりは強かった。このことが、社内の対話を深めていった。
かつて、スティーブ・ジョブズ氏が敬愛したことからも分かるように、ソニーという企業は特別な立ち位置にあった。世の中がワクワクする。そんな製品を、毎回、ソニーが何かを発表するたびに感じていた読者もいたのではないだろうか。
筆者は特別なソニーファンというわけではないが、それでも毎回、新製品が発売されるごとに、新しい時代の幕開けを感じていた。その期待感と製品への満足感は、現在のアップルのはるか上を行っていたというのが、偽らざる個人的な感想だ。
しかもソニーはグローバルのブランドだった。
グローバル市場で、エレクトロニクス産業において全ての規範となり、次世代のトレンドを語れる資格を唯一持つ、そんな存在がソニーのトップだった。ソニーのトップにいれば、エレクトロニクス技術を用いたエンターテインメント産業全ての影響力を発揮し、未来をコントロールできる。
そんな勘違いをしてしまうが、実際に製品の開発を行い、また消費者に近いところで商品の評判や使い方に接しているのは現場である。平井氏は、“俺はなんでも分かっている”というオーラを出さず、現場の各製品ジャンルごとに開発や企画をしている人間からの声を聞いた。
平井氏は趣味人で、自分の好きなジャンルとなると思い切りディテールにこだわったが、自分自身の経験が少ないジャンルになると「俺は分からないから、分かるように説明してくれ」といい、納得できれば「じゃあ、やってみろ」と思い切り任せてしまう。自らが経験やこだわりを持つジャンルでは自分を主張するが、そうではないジャンルに関しては自我やプライドにとらわれない。
社長になった翌年、14年のこと。
オフィシャルなインタビューではない場で、何気なく「社長を指名されたときは、どう感じました?」と聞いてみた。すると「いやいや、俺ですか? 俺がソニーの社長!? 本当に俺? そんな感じですよ」と率直な返答があった。
でも、だからこそ、ソニーという会社を客観的に見て、立て直すことができたのだろう。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR