円であるはずなのに、ゆがんで見える──不思議な同心円の図を紹介します。まずは次の図をご覧ください。緑色の4つの円が、ゆがんで見えませんか。
実は緑色の円はゆがんでいません。そう見えるのはいわゆる目の錯覚、錯視です。信じられないという方は円がゆがんでいないことを確認するための動画をご覧ください。
この錯視は2009年に筆者らが発見したもので、「歪(わい)同心円錯視」(distorted circle illusion)と呼んでいます。今回はこの錯視についてお話をしたいと思います。
ちなみに、ここでは円を識別しやすいように緑色にしてありますが、緑色だから歪同心円錯視が起こるわけではありません。別の色でも円はゆがんで見えます。下の図では灰色に着色してみました。
あなたが今見ているものは、脳がだまされて見えているだけかも……。この連載では、数学やコンピュータの技術を使って目に錯覚を起こしたり、錯覚を取り除いたり──。テクノロジーでひもとく不思議な「錯視」の世界をご紹介します。
歪同心円錯視は偶然に見つかった錯視です。まず発見の経緯を簡単に述べておこうと思います。だいぶ前のことになりますが、09年頃に、ある講演でフラクタル螺旋(らせん)錯視を紹介する機会がありました。
フラクタル螺旋錯視とは、本連載の第1回にも登場したもので、フラクタル島と呼ばれる図形を縦長にして同心円に配置すると、それらが螺旋状に並んでいるように見えるという錯視です(下図参照)。
その講演では、聴衆の方々にフラクタル島が同心円に並んでいることを見てもらうため、フラクタル島に沿って色のついた円を置いた画像を作りました。ところが、フラクタル島が同心円に配列されている様子は分かるようになったものの、同心円の方がわずかにゆがんで見えるようになってしまいました。
「この円のゆがみ感を取り除くには、円の大きさを調整すればよいのではないか」──そう思って円の大きさを変えようとしたところ、誤って円の位置を大きくずらしてしまいました。すると円は、よりひどくゆがんで見えるようになったのです。このような経緯で歪同心円錯視が見つかりました。
ところで、円がゆがんで見える錯視としては歪同心円錯視とは別のものが今からちょうど110年前にイギリスの心理学者・ジェームズ=フレーザー氏により発表されています([F])。それは次のような図形です。
この図では黒いヒモと白いヒモをねじった紙縒(こよ)りのようなもの(ねじれヒモ)を円にして同心円に配列しているのですが、それらがゆがんで見えます。
このねじれヒモがゆがんで見える錯視は、フレーザー氏が発見した有名な渦巻き錯視のバリエーションです。フレーザーの渦巻き錯視は、同心円に配列されたねじれヒモが渦巻いて見える錯視で、本連載の第1回でも紹介しましたが、再度載せておきます。
さて、フレーザーの「ねじれヒモがゆがんで見える錯視」と「渦巻き錯視」の両方を注意深く見比べると、ねじれヒモのねじり方に微妙な違いがあることに気が付かれると思います。ねじれヒモは、ねじり方が違うと渦巻いて見えたり、ゆがんで見えたりするのです。
余談ですが、フレーザーによるこれらの錯視が考案されて描かれたのはコンピュータのない20世紀初頭です。本記事ではフレーザーの論文[F]の図版を見ながら、数値計算ソフトのMATLABでプログラムを組み、コンピュータでフレーザーの錯視を描画しましたが、コンピュータを使わずに「ねじれヒモがゆがんで見える錯視」や「渦巻き錯視」のような複雑な錯視図形を正確に描画するのは、さぞや手間のかかる作業であったろうと思われます。
筆者らが見つけた歪同心円錯視は、フレーザーのねじれヒモがゆがんで見える錯視に似ているとも言えますが、ある違いがあります。それはフレーザーによる錯視の円には「ねじれヒモ」の模様があるのに対し、歪同心円錯視の円そのものは一様な色をしていて、いかなる模様も描かれていないということです。単なる一様な色をした円をフラクタル螺旋錯視の上に置くだけでゆがんで見えてしまうのです。
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