現在のほとんど全ての英数キーボードにおけるControlキーの位置は、一番左の一番下にある。それに対してHHKB(Happy Hacking Keyboard)は発売されて20年以上、Aキーの左隣にControlを配置し続けている。HHKBを開発・販売するPFUはなぜそこにこだわるのか?
MS-DOSの時代に一斉を風靡したNECのPC-9801の、そしてApple Macintoshの初代JISキーボードはAキーの左隣にControlキーが配置されている(正確にはPC-9801ではAのすぐ左はCaps、そのまた左がControlだった)。てっきりこの辺りがHHKBのキー配列の原点なのだろうと思っていたのだが、その仮説はあっさり覆された。
PFUの松本秀樹広報戦略室長は、このキー配列はSun type3キーボードを参考にしたのだと話す。現代人はほぼ知らないであろう、伝説的なコンピュータに使われていたキーボードである。現在はOracleに吸収されてしまった、エンジニアリングワークステーションのトップメーカー、Sun Microsystemsがその黎明期に作っていたマシンがSun-3。そのマシンで使われていたのがSun type3キーボードなのだ。
Sunといえば、RISCプロセッサのSPARCチップを搭載して10MIPSの壁を破ったことで大躍進を遂げたのが1987年のこと。Sun-3はその前の世代なので、Motorola MC68020と数値演算コプロセッサ68881を搭載していて、OSもSolarisではなくSunOSだった。1985年の製品である。筆者が所有するSunワークステーションはSPARC世代のものなので、残念ながらこのタイプのキーボードは触ったことがない。
この頃使われていたSun type3キーボードの配列を参考に、HHKBは作られた。だからControlキーがAの横にある。だが、それによってどんなメリットがあるのかという疑問が残る。それは「UNIXハッカーのため、プログラマーのため」だ。
プログラマーはUNIXのコマンドラインインタフェースを多用する。vi、Emacs、シェル。いずれもControlキーが多用される。それは、これらが開発された頃にはControlキーがアクセスしやすい位置にあったからだというのだ。確かに、現在のようにControlキーがはるか左下の遠い位置にあったら頻繁に使うキーコンビネーションは考えにくかったろうし、AppleのTouchバーのようにEscapeキーを排除していたらviのあのショートカットはなかったろう。
ControlキーがAの左にあるのは、さらにさかのぼればDECのVT-100ターミナルで使われていたキーボード配列に由来するようだ。その後生まれたミニコン、PC、ワークステーションもその配列を踏襲したから、初期のキーボードはIBM PCの101キーボードも含め、この配置なのだ。
※このVT100とIBM 101キーボードのくだりは間違いである。正しくは、大原雄介さんによる詳細な解説記事をどうぞ。
プログラマーが頻繁に使うキーコンビネーションはControlキーが近い方がいい。それを含めた理想型がSun type3キーボードだったということらしい。
実際、HHKBのプロトタイプを作るときにはSun type3キーボードの不要と思われる部分をノコギリでぶった切って、最小限に切り詰めたという豪快なエピソードもある。確かにSunのキーボードはやたら大きく、無駄なスペースだらけだった。そうやってHHKBのミニマムなレイアウトが出来上がったのである。
当時のSunワークステーションは世代ごとにキーボードのレイアウトを大きく変えてしまい、特にSun-4からのtype4キーボードはユーザーに不評だった。常用する道具がコロコロ変わっては困る。「カウボーイは馬は変えても鞍は同じものを使う」という思想のもとに、ハッカーのための鞍として作られたのがHHKBなのである。今回の新モデルのようにBluetooth搭載になっても乾電池動作にしてあるのも、内蔵バッテリーがへたるよりも長く使えるという矜持(きょうじ)を持つからだ。
※Sun type4キーボードレイアウトはtype3とほとんど同じという大原雄介さんの解説記事はこちら
キーボードを安易に変えてしまうと思わぬしっぺ返しを食らう。新しい16インチMacBook ProはTouchバー搭載で削除されたEscapeキーを復活させ、評判の悪かったキータッチ、ストロークもほぼ元に戻した。Macのキーボードレイアウトは他のPCベンダーとは異なり1980年代に木田泰夫さんが決めてからほぼ変わらずに維持されているが、それでもこんな失敗はある。
PFUが「Aの左にControl」を譲れないのはそういうことなのだ。
キーボードレイアウトの変遷は、PFUの「キーボードコレクション」というページにまとめられている。これを見ていくだけで、懐かしの名機の面影が浮かんで泣けてくる。
追記:本記事のいくつかの記述が歴史的事実と異なるという指摘を各方面からいただいた。本文をそのまま修正するよりもと、最初にこのことを指摘していただいたライターの大原雄介さんに、コンピュータ用キーボードの配列に関わる歴史を記事としてまとめていただいた。どこがどう間違っているかは、ミニコン、タイプライター、ワークステーション、PCをまたぐ大原さんの記事の中で確認していただければ幸いだ。
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