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» 2020年08月31日 08時43分 公開

iPhoneにArmコアが載った日 その前日譚を技術と人脈から解説するApple Siliconがやってくる(3/3 ページ)

[大原雄介ITmedia]
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Apple Siliconの原型を作った技術者集団

 実はこのP.A.Semi(元の社名はPalo Alto Semiconductor)そのものが割ととんでもない会社であった。このP.A.SemiのVP(VP Engineering、Architecture Group)だったジム・ケラー氏の名前が有名であるが、P.A.Semiを創業したダニエル・W・ドバープール氏(故人)がそもそも業界の超有名人であった。

 もともとDECでT-11(ワンチップPDP-11)とかMicroVAX(NMOSベースのワンチップVAX)などを手掛け、Alphaの初期バージョンの設計を指導。さらにPalo Altoにデザインセンターを開設し、ここでStrongARMの設計に携わる。そのStrongARMごとデザインセンターがIntelに売却されたタイミングでDEC(というかIntel)を退職、立ち上げたのがSiByteという会社である。ここではMIPS TechnologyからMIPS64のアーキテクチャライセンスを取得。これを利用して1GHz動作するSB-1というコアと、これを実装したSB1250などのSoCを開発したが、会社がBroadcomに買収される。買収後わずかな期間を置いて、SiByteのチームはBroadcomを離脱、再び立ち上げたのがP.A.Semiというわけだ。

 実はP.A.Semiそのものは小規模(創業時は数十人:Appleによる買収時は150人ほど)な陣容ながら、DEC→SiByteを経てドバープール氏についてきた腕利きのエンジニアの集団であり、その1人がケラー氏だった。

 このP.A.SemiはIBMからPowerPCのアーキテクチャライセンスを受け、創業後わずか2年で独自インプリメントのPA6Tと呼ばれる64bit PowerPCのコアと、Conexiumというチップ内独自Interconnect、これらを統合したPWRficientと呼ばれるSoCを2005年に発表、2006年からサンプル出荷を開始している。つまりAppleが欲しかった「CPUコアを設計し、これをSoCとして仕立て上げる」能力を持ったチームだったわけだ。そんなわけでAppleは2008年にP.A.Semiを買収するとともにArmからCortex-AのArchitecture Licenseを取得。これを利用して自社独自設計のプロセッサの開発を開始する。

 ただ、CPUをスクラッチから起こすというのは物凄く時間がかかる作業である。幸いにもP.A.Semiのチームは腕利きであり、SiByte時代(1998年創業で、2000年にSB-1コアの設計を完了)でもP.A.Semiでも、ほぼスクラッチから2年で新規コアを作り上げている。

 ただDEC時代からの経歴で見ても、同社の設計チームはサーバとかネットワーク向けに適したコアの設計には長けているものの、スマートフォン向けのコアの設計は初めてであり、さすがに2年で設計は完了しなかったようだ。そこでまずはProcessor IPをArmから購入し、これを利用して独自SoCを作る、という形でスタートする。この場合プロセッサコア設計の必要はないので、GPUや周辺回路を統合して独自SoCを作るだけである。これはSiByteやP.A.SemiでSoCを作ってきた経験があるから、それほど難易度は高くなかっただろう。

 SoCチームがこのArmベースのProcessor IPを利用したアプリケーションプロセッサ開発に携わっている間に、CPUコアチームが独自設計のCPUの設計を進めるという並行作業が行われていたと思われる。つまり2010年のApple A4や2011年のApple A5/Apple A5Xは、こうした時間稼ぎのためのプロセッサである。といっても、Samsungに設計を委託している時よりはカスタマイズできる幅が広がるから、他社とは異なるアプリケーションプロセッサを投入できるというメリットはあるのだが(S5PC100はApple以外のメーカーのスマートフォンにも採用された)。

photo 写真4:S5PC100のブローシャより(PDFへのリンク)。ちなみに2009年発行

 そして2012年に満を持して、独自設計のSwiftコアを搭載するApple A6が発表されたわけだ。このタイミングでケラー氏はAppleを離職するが、これはSwiftの設計が完了するとともに、恐らくは続くCyclone/Typhoonあたりまでの基本設計を終わらせて、「やることがなくなった」からであろう。ドバープール氏はこれに先立つ2009年末にAppleを退職(当時既に64歳なので、引退というべきなのかもしれないが、実際にはその後別のスタートアップ企業に参加したりしているので、まぁ退職の方が適切だろう)しており、Appleの中では事実上ケラー氏が設計チームを率いていたようなので、このあたりで旧DECからのチームがバラけてしまった形になる。

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