ITmedia NEWS >

ジョブズが本当にAppleのCEOにしたかった「IBM PCの父」に見る、IT業界の分岐点CloseBox(2/3 ページ)

» 2020年12月16日 13時50分 公開
[松尾公也ITmedia]

 ウォルター・アイザックソンによるジョブズ公式伝記によれば、エストリッジは100万ドルのサラリーと100万ドルのボーナスを提示されたが、敵にくみすることを良しとせず、拒否したのだという。

 エストリッジはAppleの第一のCEO候補だった。もしも彼が受けていたら1985年に夫人とともに飛行機事故で亡くなることはなかったかもしれない。しかし、ジョブズとはやはり対立しただろうから、結局のところ、ジョブズがAppleを追い出されるか、エストリッジが追い出されるかしていたかもしれない。

 今はこの世にいない、現在も競い合っている2種類のパーソナルコンピュータ、IBM PCとMac、それぞれの父。彼らが組んでいたらどのような歴史が描かれていたのだろうか。

 前述のTriumph of the Nerds第3部は、XEROX PARC、Windows 95、そしてMacintoshの誕生をジョン・ワーノック、ラリー・テスラー、ビル・アトキンソン、アンディー・ハーツフェルド、そしてスティーブ・ジョブズらが語る。

 Boot Campを使えばWindowsマシンそのものとして起動でき、拡張カードの多くも使える、今の(Intel)MacのハードウェアはIBM PCによほど近い。エストリッジとジョブズの、時を超えたコラボのようなものだ。そしていったんはIntelプロセッサでIBM PC化したMacは、独自のApple Siliconで今また別の道に進もうとしている。

 IBMは2004年にPC事業から撤退してLenovoに譲り、それからすでに16年。LenovoはNEC、富士通のパソコン事業も担うに至った。

 IBM PC誕生から39年。Mac誕生から36年。エストリッジの死から35年。ジョブズの死から9年。

 エストリッジの言葉が記された記事をもう1つ見つけた。IBMがなぜ自分たちだけの技術でIBM PCを作らなかったのかという問いに対する答えだ。

we didn’t think we could introduce a product that could out-BASIC Microsoft’s BASIC. We could have to out-BASIC Microsoft and out-VisiCalc VisiCorp and out-Peachtree Peachtree ― and you just can’t do that. (Don Estridge)

MicrosoftのBASICよりも優れたBASICを生み出せる製品を出せるとは思わなかった。VisiCorpが出すより優れたVisiCalc的な表計算ソフト、Peachtreeが出しているものより優れたPeachtree的な会計ソフトも出さなければならなくなる。それは不可能なのだ(ドン・エストリッジ)

 これは、PC Magazine(1980年代の終わり、筆者はその日本版編集部にちょっとだけいた)の創設者であるデビッド・バネルが書いた記事。1982年の4月から5月にかけて、IBM PCチームの本拠地であったボカラトンに取材に行ったときのインタビュー。

 エストリッジがかなり長い時間、IBM PC、そしてPCの未来について語っているビデオを見つけた。1981年10月15日にBoston Computer Societyという超有名なコンピュータユーザーズグループが主催した「Forum on the Future of Personal Computers」というパネルディスカッションを録画したものだ。IBM PCの発表直後という時期。エストリッジはソフトウェアの重要性と、違法コピーの存在がいかに危険かという主張をしている。一方、のっけから会場を爆笑の渦に巻き込み、ジョークにも長けた快活な人物であることが分かる。

 エストリッジの動画は、ぼくがネットで探した範囲だとこれだけ。さらにこのビデオに価値があるのは、他のメンバーだ。1981年当時、AppleのCEOだったマーク・マークラ、その左隣で神経質そうに体を揺すっているビル・ゲイツ。

 AppleとIBM PC部門のそれぞれのトップが会ったのはこの時が最初だったという、本当に歴史的な映像だ。Computer History MuseumがYouTubeで公開している。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.