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月にふるさとの味を“転送”──フードテックベンチャーが目指す「調味料プリンタ」の可能性食いしん坊ライター&編集が行く! フードテックの世界(1/2 ページ)

» 2021年01月26日 12時40分 公開
[武者良太ITmedia]

 近年、調理家電が人気だ。特に低温調理器にノンフライヤー、スチームオーブンなど、素材に一定の温度で火を通していくことに特化した調理家電の人気が高い。正しく設定すれば生煮え、焼き焦げなどとは無縁。ガスやIHよりも間違いのない調理ができるとあって、自炊が苦手な人にとっても助けとなるアイテムだ。

 こうした火加減に特化した調理家電とは異なる市場を狙うのが、静岡県伊東市のフードテックベンチャー・ルナロボティクス。同社が実用化を進めるのが「colony」(コロニー)という“調味料プリンタ”だ。

photo 好みに応じて調味料を出力する「colony」(コロニー)

 使い方は、しょうゆやみりんなど8〜12種類の調味料をカートリッジに入れ、本体に装着。付属のタッチディスプレイから調味料の量を入力する。するとコンピュータで制御したポンプが動き調味料を吸い上げ、指示通りの量に出力するという仕組み。懐かしいふるさとの味、予約が取れないレストランの味などの味付けをデータ化さえできれば、何度でも忠実に再現できる。

 「JAXAやNASAと取引のある企業の協力を得ながら、月面で稼働するcolonyの開発を進めています」――そう語るのはルナロボティクスCEOの岡田拓治さん。コロナ禍前には同社が運営する飲食店でcolonyを試験的に導入した。そのときは1536種類の卵かけご飯用しょうゆダレを出力できたという。

 地球上だけでなく、人類が月面で暮らす時代となっても距離を超えて同じメニューを味わえる。調理家電の歴史を変えそうなインパクトを持つcolonyは一体どのように生まれたのか。開発の経緯や今後の展望を岡田さんに聞いた。

連載:食いしん坊ライター&編集が行く! フードテックの世界

ニューノーマル時代を迎え社会にますますテクノロジーが浸透する今、人の根本を支える“食”はどうなっていくのか――“食いしん坊”を自称するライターの武者良太さんと編集の安田が、テクノロジーと食が融合したフードテックの世界に迫ります。

調味料プリンタはブルーオーシャン

photo ルナロボティクスCEO岡田拓治さん

 自由自在な味付けが可能になるcolony。そのアイデアの源泉はいかなるものだったのか。岡田さんは「調理の要素は大きく分けると、火加減と味付けの2種類です。今までの調理家電は火加減に特化したものが多く、味付けまでサポートしてくれる製品は少ない状態でした」と説明する。

 「そう考えると調味料プリンタはまだライバルがいません。『味付けで食体験をアップデートする』というコンセプトはブルーオーシャンだと感じました。そこで作ったのがcolonyです」

 安価かつおいしい料理を作るには、調味料の使いこなしが大事だという岡田さんは、実はもともと料理人。その経験もcolonyの開発に生きているという。

 10代で修業した中国料理レストランはメニューが約100種類ぐらいあったが、厨房には基本の調味料が6つしかなかった。基本6種類の味の組み合わせで100もの料理の味が作れることに驚いたという。

 その後自分のレストランを開業し、その店を売却した後、1年間海外を巡って料理を食べ歩く旅に。そこで気がついたのは「どの国の料理も味付けの基本は塩」(岡田さん)。塩以外は甘い、からい、酸っぱいのバランスだと気付いたという。

 世の中には無数のレシピが存在するが、残念ながら精度が低く、曖昧なものも多い。例えば「みりんを適量」という表現はその最もたるものだし、調味料の地域性によっても味は大きく変わる。しょうゆ一つとっても関東は塩辛く、九州は甘い。これではレシピを記した料理人の味を再現するのは難しい。

 「インスタントラーメンを作るような手軽さで、誰でもプロの味やお気に入りの味をそのまま楽しめるようcolonyの開発を始めました」

 想定するユーザーは料理を普段しない人。2018年にはプロトタイプが完成し、今は実用化に向けた開発の真っただ中だ。使う調味料や量を設定できるスマートフォンアプリの制作も進め、誰でも悩まず操作できるシンプルなUIを目指すという。

 「とはいえ、料理をする人にとってもメリットのある調理家電になると思います」と言う。例えば一回の食事で3品作ろうとしたとき、1品の味付けはcolonyに任せる。colonyで調味料を出力し、後は野菜に調味料をかけてレンジにかけたら完成できるような使い方を想定する。

 colonyとアプリを使って蓄積したデータから、ユーザーの体調や嗜好に合ったレコメンドできる機能も検討する。カロリーを抑えたり塩分を控えめにしたりすることでユーザーごとに最適化された味付けを選べるようにしたいという。

photo colonyの設計図。8〜12種類の調味料を組み合わせることが可能
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