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テクノロジーが後押しするワクチン接種 AIによる接種優先順位決定は正しいのか?ウィズコロナ時代のテクノロジー(1/2 ページ)

» 2021年01月31日 23時35分 公開
[小林啓倫ITmedia]

 マスクの着用や手洗い、消毒など、ウイルスや細菌による感染症の予防にはさまざまな手段がある。その中で最も有効なものの一つが、ご存じの通り、ワクチンによる予防接種だ。

 マスクや消毒の場合には、病原体が体内に入るのを防ぐことで病気を回避するわけだが、ワクチン接種では体内に「免疫」つまり病原体を撃退するメカニズムをつくることで、病原体に触れても悪影響が出ないようにする。目には見えないほど小さい病原体を、100%防御することは非常に難しいため(だからといってマスクや消毒の重要性を否定するわけではない)、ワクチンの予防接種はパンデミックを収束させる上での強力な武器となる。

photo Pfizerによる新型コロナウイルス用ワクチンについて解説

 しかし免疫は個々の病原体に合わせて獲得しなければならないため、それを身体に与えるためのワクチンも、個別に開発する必要がある。また、十分な免疫を獲得するためには複数回の予防接種を受けなければならない場合も多い。さらに免疫がどのくらいの期間持続するか、同じ病原体の変異種にどこまで有効かは、病原体の側が変化するスピードに依存している。こうした理由から、どのようなワクチンをどのようなタイミングで生産・供給し、接種を進めるかが極めて重要になる。

 このようなワクチン接種の課題は、当然ながらこれまでの感染症でも把握・対処されてきたわけだが、感染が爆発的なスピードで拡大した新型コロナウイルス感染症、COVID-19では、問題の難易度が跳ね上がっている。

 そこでテクノロジーの出番だ。既にワクチン自体の開発を加速させるために、AIやスーパーコンピュータなどの利用が進められているが、今回はそのワクチンの接種を大規模に実施するという点で、テクノロジーがどのように活用されようとしているかを見てみよう。

ワクチン流通の管理

 COVID-19ワクチンの予防接種に関して、最大とも言える課題の一つが、大量のワクチンをどう流通させるかという問題だ。

 今回のパンデミックは世界中で一斉に発生しているため、特定の地域を優先させることなく、大規模なワクチン接種を各地で同時に進めなければならない(残念ながら現実は、有力な先進国が自国民向けにワクチンを押さえるという状況になっているが、その是非はここでは問わないでおこう)。しかも新しく開発されたワクチンの場合、その効果を維持するために、極めて低い温度での保管が必要になることが多い。これは効果のあるワクチンが実用化されても、それをある程度の温度でも安定させるにはさらなる開発期間がかかるためで、今回の新型コロナウイルス用ワクチンの場合も、現時点でマイナス70〜80度という超低温での管理が求められている製品もある。

 インフルエンザワクチンの予防接種ですら供給不足が懸念される年があるが、その何倍も難しい事態が起きているといえるだろう。そこでこうした課題を乗り越え、ワクチンを滞りなく流通させるために、AIやIoT、ブロックチェーン等の技術を活用しようという例が出てきている。

 例えば超低温での輸送を実現するために、コールドチェーン(Cold Chain)と呼ばれる低温物流網の高度化が進められている。コールドチェーンとは、文字通り何かを低温で輸送することを可能にした物流網で、対象物はワクチンだけでなく食料品など多岐にわたる。現在運用されているコールドチェーンのすべてが、マイナス70〜80度という超低温を想定したものではなく、また急拡大したCOVID-19に対応できるほどのキャパシティを備えているわけではない。そこで新型コロナウイルス用ワクチンを取り扱い可能なコールドチェーンの整備が進められているわけだ。

 また取り扱われるモノの中には、低温なら低温であるほど良いというわけではなく、一定の範囲内の温度で輸送しなければならないものもある。ワクチンもその一種で、あまりに温度を低くしてしまうと、逆に効能が失われてしまいかねない。そのためIoTなどの技術を使い、輸送中に対象物の温度や状態をリアルタイムで把握することが取り組まれている。

 さらに前述の通り、免疫を確実に作るためには複数回のワクチン接種が必要となるため、取り扱わなければならないワクチンの量は膨大なものになる。各国が「確保」、つまり自国内で必要であるとして製薬各社に供給を約束させている分だけでも、世界全体の合計でおよそ70億回分に達しているとのデータもある。これを適切にさばくためには、Amazon並みの需要予測や在庫調整が必要になるだろう。

 そこで期待されているのが、新たなテクノロジーの活用だ。例えばドイツのソフトウェア会社で、流通システムの構築に強みを持つAEBは、AIとブロックチェーンを組み合わせたコールドチェーン管理の仕組みを模索している。彼らがAIに期待を寄せる理由は、複雑な条件の中から最適な計画を立案する予測力だ。

 AEBが公表している情報によれば、(あくまで現時点で)米Pfizerが開発したワクチンの場合、マイナス70度で保管する必要があり、病院で使われているような一般的な冷蔵庫に移してからは、5日以内に投薬しなければならない。つまり高頻度で個々の病院への配送を行わなければならず、正確な需要予測が求められる。こうしたワクチン保管・輸送の条件は、個々のワクチンによって異なり、必要な接種回数も異なる。それら全ての条件を加味した上で、人間の命がかかっているという状況の中で適切な答えを導き出すために、AIの力を借りようというわけである。

 またブロックチェーンは、ワクチンという人命にかかわる貴重な物品のデータを、安全かつ安価で管理することを可能にする。実際に現場でどのような種類・品質・保管状態のワクチンが在庫されているか、あるいは使用されているかというデータは、流通だけでなく接種後の患者の状況を追跡する上でも極めて重要になる。そうした貴重なデータをセキュアに管理する上で、ブロックチェーンに大きな期待が寄せられている。

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