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AirDropの先駆的技術だった「TransferJet」の現在と未来 超高速近距離通信の変遷デジタル・イエスタデイワンスモア計画(3/4 ページ)

» 2021年08月25日 10時37分 公開
[甲斐祐樹ITmedia]

「置くだけ」でファイル転送できる手軽さと高速さが魅力

 筆者はTransferJet発表以来、長年にわたってTransferJetを愛用してきたユーザーの1人だ。最初の対応デジタルカメラだった「DSC-HX5V」や、TransferJetを内蔵した「DSC-TX300V」、TransferJet対応のUSBアダプターやLightningアダプター、SDカード、TransferJet内蔵スマートフォンのF-04G、F-02Hなどを入手し、その使い勝手を体感してきた。

 非常に魅せられたのは、転送速度の速さはもちろんのこと、「置くだけ」で転送できる手軽さだ。旅行やイベントなどで大量に撮影した写真や動画を、USBケーブルを接続することなくただクレードルやアダプターのそばに「置くだけ」で簡単にPCに取り込める。

 スマートフォンの場合は「置くだけ」というわけにはいかず、ギャラリーから写真を選択して共有する、という一手間はあったものの、SDカードを取り出す、USBケーブルを装着するという手間に比べればはるかに手軽だった

 利用イメージとしては無接点充電の「Qi」に近い。スマートフォンを置くだけで充電できるQiの手軽さを体験した人ならば、TransferJetの手軽さも想像できるのではないだろうか。

導入までのハードルの高さが最大のネック

 便利さの一方で、TransferJetのメリットを享受するための環境を整えるのはハードルが高かった。前述の通り、TransferJetが世に出た当初は「デジタルカメラの写真を取り込む」ためだけに専用のメモリースティックを購入し、さらに対応デジタルカメラ、対応クレードルを用意する必要があった。

 Android対応のMicro USBも機種依存が激しく、筆者の持っている端末で取り込めたのはタブレットの「Nexus 7」くらいで、一番写真を撮るスマートフォンでは利用ができなかった。最も手軽なのはTransferJetそのものを内蔵した機種なのだが、内蔵機種はデジタルカメラ1機種、スマートフォン2機種にとどまり、選択の余地が極めて少なかったのが当時の状況だ。

 ワイヤレスでファイルを転送する技術や方法は、手間や速度の違いはあれど、TransferJet以外にもさまざまな選択肢が存在した。できないことができるようになる「0→1」は魅力が伝わりやすいが、今まであるものが便利に使いやすくなるという「1→2以上」は、その変化がよほど大きくならない限りなかなか伝わらない。

 「勝手に掃除してくれる」ロボット掃除機は便利だが、「今までよりきれいにしてくれる」ロボット掃除機の魅力は、ロボット掃除機そのもののメリットに比べるとどうしても伝わりにくいようなものだ。

ワイヤレスのファイル転送はスマートフォン標準機能が主役に

 TransferJet自体の動きは止まってしまったものの、「ワイヤレスで手軽にファイルを送れる」というTransferJetが持っていた魅力は現在も別の製品で活用されている。その代表例が、Appleの「AirDrop」だ。

photo AirDrop

 AirDropは、TransferJet対応製品が世に出た次の年である2013年にAppleが発表した「iOS 7」で搭載された機能。当初はiOSを搭載したiPhoneやiPad間のみでのファイル転送が可能だったが、2014年に発表された「iOS 8」ではiPhoneとMacの間でのファイル転送も可能となった。

 非常に便利な機能ではあるものの、全てのiPhoneユーザーが利用するほどではなかったAirDropの存在を世に知らしめたのは、2018年に起きた「AirDrop痴漢」と呼ばれる事件の影響が大きいだろう。迷惑な画像を付近の人へ送りつけるわいせつ行為がメディアで大きく取り上げられたことで、良くも悪くもAirDropという機能の認知度が大幅に向上。筆者の周りでもこの事件を機にAirDropを知った、という人も多かった。

Androidもワイヤレスのファイル転送機能を次々にリリース

 端末間でのファイル受け渡し方法として定着しつつあるAirDropに対して、Androidもさまざまなワイヤレスのファイル交換方法を提案してきた。端末間でのファイル転送についてはAndroidのほうが歴史が古く、2011年に発表された「Android Beam」は、対応スマートフォンを重ね合わせるだけでファイル転送が可能な技術だったが、Android 9を最後に同機能は終了。

 Android Beamに代わって2017年に登場したのが、ファイル管理アプリ「Files Go」のファイル転送機能。端末を重ね合わせるAndroid Beamと異なり、近くにある端末同士でファイルの送受信を許可し合うことでファイルを転送できる仕組みで、使い方はAirDropに近づいた。Files GoはAndroidの「File」アプリに今も引き継がれている。

 そしてFile Goの機能をさらにアップデートする形で2020年に公開されたのが「Nearby Share」だ。当初は一部端末のみに搭載されていたが、最近では最新のスマートフォンの標準機能として搭載が進んでいる。また、Android間だけでなくChromebookとのファイル転送も実現するなど、AirDropとかなり近い機能を実現しており、「Android版AirDrop」と呼ばれることもある。

 iPhoneの普及に伴い、AirDropの便利さは市民権を得つつある。一方のNearby Shareも「Android版AirDrop」というこれ以上ないほど分かりやすい説明で、今後も普及していくだろう。

 デジタルカメラの写真取り込みも、最近ではWi-Fi搭載モデルが増えており、撮影した写真をスマートフォンやPCへワイヤレスで取り込めるようになっている。

 しかし、TransferJetを愛用してきた立場からすると、これほどの手軽かつ高速なファイル転送はない。他のワイヤレス転送機能が及ぶべくもないほど利便性の高い機能だった。

 また、AirDropはApple製品間のみ、Nearby ShareはGoogle製品のみ、というメーカーごとの制限もある。AirDrop、Nearby ShareのどちらもWindowsには対応していないため、Windowsユーザーとしてはスマートフォンからワイヤレスで写真を取り込む手段が用意されていない(Microsoftの「スマホ同期アプリ」は近い存在だが、最新の写真しか取り込めない、専用ソフトのインストールが必要など制限も多い)。

 TransferJetは周辺機器をそろえる必要こそあったが、iOSとAndroid、Windowsという異なるOS間でのファイル転送に加えて、デジタルカメラとPC間のファイル転送も実現できていた。普及こそしなかったTransferJetだが、どんな製品でも共通して使える標準規格の重要さを改めて思い知らされる。

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