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Lightning狙い撃ちな「USB Type-C法案」 EUとAppleそれぞれの思惑(2/2 ページ)

» 2021年10月25日 15時00分 公開
[笠原一輝ITmedia]
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EUの狙いはMFiエコシステムの破壊か、それとも政治のパフォーマンスか

 では、欧州委員会が1を強制したとして消費者が得るものは何か、シンプルに言えば2つある。1つは「USB Type-C - Lightning」というケーブルがなくなり、「USB Type-C - USB Type-C」というケーブルに統一できること。もう1つはiPhone向けに販売している「Lightning - USB Type-C」ケーブルでは利用できないUSB 3.0(5Gbps)など高速転送モードが利用できることだ。

 ただ、よりフェアに言えば「Lightning - USB Type-C」ケーブルでもUSB 3.0の転送モードをサポートすることは技術的には不可能ではない。というのも、Lightning端子を内蔵していた世代のiPad Proでは、USB 3.0に対応したカードリーダーが販売された実績があり、少なくともLightning端子でUSB 3.0をサポートすることは技術的には不可能ではない。

 なぜiPhone用にUSB 3.0に対応した「Lightning - USB Type-C」ケーブルが出ないのかは分からないが、そこには2つの理由が考えられる。1つはiPhone側がUSB 3.0に対応しないように設計している可能性があること、もう1つはAppleが周辺機器ベンダーに渡しているであろうケーブルの仕様にそれが含まれていないことだ。

 iPhoneの周辺機器がAppleのMFi(Made for iPhone)と呼ばれる一種の認証制度で厳しく管理されているのはよく知られている。例えば、LightningケーブルはMFiの認証を受けていないと、iOSのバージョンアップ後などに利用できなくなる仕組みが入っている。このため、仮にiPhone側がUSB 3.0に対応したLightning端子であっても、USB 3.0に対応した「Lightning - USB Type-C」ケーブルを出せないのだ(結局のところ、どこからも出ていないということは、今の所iPhone側が対応していない可能性が高いだろう)。

 このMFi、粗悪品を排除することが目的だとAppleは説明している。もちろんその狙いはあると思うが、周辺機器ベンダーを囲い込む狙いも考えられる。そして囲い込んだ以上、Appleにはその周辺機器ベンダーのビジネスを守る必要がある。実際、AppleはLightningに変える前の30ピンコネクター(iPod以来使ってきた従来のiPhone用端子)を変更しないとずっと言ってきたのに、いきなりLightningに変えて周辺機器ベンダーを困らせた前科がある。

 例えば、自動車メーカーやカーナビメーカーが用意していたコネクター、ホテルの部屋に置いてあったiPhone向けのスピーカーなど30ピンコネクターのデバイスが使えなくなり、周辺機器ベンダーはみんな困ってしまった。Appleの中にもこの時の「悪い記憶」をもう一度繰り返したくない気持ちがあるのは容易に想像できる。

 ただ、今となってはMFiが逆にイノベーションを阻害している側面もある。有名なところでは、USB Type-C端子をLightning端子に変更する変換コネクターは作れない。そうした変換コネクターはApple純正品にもサードパーティーにもないし、MFiに参加していない周辺機器ベンダーにとっては参入障壁でしかないのも事実だ。

 そう考えると、欧州委員会の技術的な観点からの狙いは、その「MFiエコシステム」の突き崩しではないかと思う。確かにMFiには粗悪品からユーザーを守る面もあるが、その一方Appleが規定している周辺機器しか作れないというイノベーションを阻害している面もあり、それはiPhone向けの周辺機器市場の観点で見れば、独占した力を乱用している、そう見えても不思議ではない。

 さらに、EU、すなわち欧州委員会の本音は、官僚や政治家などが「巨大な帝国」であるAppleをたたくことで自分のポイントにしたい狙いがあるのも透けて見える(IBMやMicrosoftが強かった時代にもよく見られた構図だ)。そう考えれば、「ユーザーのため」と一見正論のように見えるが、その実「勧善懲悪」という分かりやすい構図を作って政治的なポイントを稼ごうとしている、そう見えるといわれても否定できないだろう。

両者ともに消費者のことを考えた議論を望みたい

 その一方で、Lightningがあったからこそ、USB Type-Cが出てきた側面から考えれば、Appleが「イノベーションを阻害する」と言っているのもうなずける。Lightningが登場したのは2012年のiPhone 5登場時だ。Lightningが登場する前のUSB端子はいわゆるUSB-A(USB Standard A)端子など片方向にしか挿せない端子だった。しかし、Lightningは表裏、どちらを挿しても使える画期的なユーザー体験をサポートしていた。

 その後、2014年に同じように表裏どちらでも挿せるUSB Type-Cの規格が策定され、2015年ごろから製品に採用するようになった、それが歴史だ。これを見れば、Lightningというイノベーションでの先行者がいたからこそ、USB Type-Cというイノベーションが登場した、そういえるだろう。

 既に述べてきた通り、Lightningを搭載したiPhoneの市場シェアは、確かに先進国市場では高いが、グローバル市場では15〜16%程度でしかない。これでは独占しているとはなかなか言えない状況で、消費者がLightningはイヤだと思えば、iPhoneを買わなければいいだけだ。市場の競争を考えれば、消費者が市場で決定すればいいだけで、逆にUSB Type-Cだけにしろというのは一種のカルテルになりかねない。それは市場に競争を促すべき規制当局がやるべき事なのかと言われれば大いに疑問がある。

 このように、AppleはMFiの問題点の改善やiPhoneのLightningでUSB 3.0に対応するなどの改善が必要だし、欧州委員会側も「安直な政治ドラマ」「市場での競争とは何かが分かっていないのでは」という観点で、どちらにも瑕疵(かし)はあると筆者は思っている。両者ともに本当に消費者のためになる行動をしてほしい、そう切に願ってこの記事のまとめにしたい。

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